2024年12月4日(水)

21世紀の安全保障論

2022年1月18日

 台湾をめぐって危機が発生する状況としては、明示的な武力行使を伴わないグレーゾーン・シナリオから、離島に対する限定侵攻シナリオ、経済・情報封鎖によって中国との外交交渉を強制するシナリオ、そして台湾本島への全面的な武力侵攻シナリオに至るまで、さまざまなシナリオが考えられる。しかし一つ確かなのは、これらの現状変更行動はいずれも中国側から開始されるということだ。言い換えれば、中国の台湾に対する強制行動はどのような形であれ、中国に対する抑止が「失敗」することによって始まる。

対中抑止が「失敗」する可能性

 では、台湾をめぐる対中抑止の「失敗」はどのように生じるのだろうか。台湾は、米国の軍事的な後ろ盾無くして、自身の存立を維持することはできない。したがって、中国の台湾に対する誘惑を思いとどまらせることができるかどうかは、米国が介入するか否かにかかっている。

 当然ながら、米国が台湾を防衛するにあたり西太平洋地域に戦力を投射する場合には、日本はその最重要拠点となる。それゆえ、日本が米国の台湾防衛作戦を支援するかどうかも、対中抑止の成否を分ける死活的に重要な要素となることには留意すべきだ。しかし、日本もそれ以外の米国の同盟国も、まずは米国が介入することを決断しなければ、独力で台湾を守ることはできないことから、やはり米国の行動が決定的な重要性を持つことに変わりはない。

 その上で、台湾をめぐる対中抑止が失敗するケースとしては、大きく分けて2つの原因が考えられる。

 一つは、米国が台湾防衛に十分な能力を持っているにもかかわらず、その能力を行使しない場合。もしくは米国に台湾防衛の意思があったとしても、中国に対してそれが正確に伝わらず、「米国は介入してこないだろう」との誤算に基づいて、中国が台湾に手を出してしまう場合である。そしてもう一つは、米国の台湾を防衛するための能力自体が欠けている場合である。

 危機の原因が中国による米国の意思の見誤りにあるのだとすれば、そうした危機は、台湾に対する米国の防衛コミットメントの意思をより明確かつ具体的にすることで未然に防止することができる。外交問題評議会会長のリチャード・ハースらが提唱している「戦略的曖昧性」の見直しなどは、その一例と言える。

 しかし、宣言政策の修正によって抑止できるのは、東沙諸島や南沙諸島の太平島などの離島を短期間で奪取して既成事実化を試みようとする場合のように、中国が米国の介入可能性を相対的に低く見積もっているシナリオに限られるだろう。

中国は米国の介入「意思」だけでなく、「能力」を見る

 中国が最終的に台湾本島への侵攻にエスカレートしうるような武力行使を決断するとすれば、それは中国指導部にとって失敗の許されない極めて大きな利益のかかった作戦となる。失敗した場合に被る政治的リスクの大きさに鑑みれば、中国指導部が台湾への本格侵攻に着手する際に、「米国は介入してこないだろう」などという不確実な期待に賭けて行動を起こすことは考えにくい。

 だとすれば、中国が本格的な侵攻を決断するのは、米国が介入してくることを覚悟した上で、たとえ衝突に至ったとしてもそれを実力で退けることができるという自信をもった時ということになる。

 この場合、中国は米国の介入「意思」ではなく、介入「能力」を低く見積もることによって行動を起こすのであるから、本格的な侵攻は、米国政府がどんなに力強い言葉で台湾防衛の意思を示したとしても、中国の目標達成を実力で拒否する能力が伴っていなければ阻止できない。

 米中関係をめぐっては、「中国は、米国と本気で戦争することを望んでいるわけではない」と説明されることがある。しかし、こうした説明は台湾をめぐる対中抑止政策を考える上ではほとんど意味がない。


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