2022年12月8日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年2月2日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 その一方で、経済力の飛躍的な拡大によって社会格差など国内問題が発生し、対外姿勢も鄧小平が称えた才能を隠して内に力を蓄えるとする「韜光養晦(とうこうようかい)」路線から遠く離れ、最近の「戦狼外交」路線へと過激化した。ウイグル、香港、台湾、南シナ海、一帯一路などを巡る国際摩擦などが発生するようになり、米国を軸にした中国包囲網構築への動きが見られるようになった。

習近平への個人崇拝とも取れる動き

 正式には「党の百年にわたる奮闘の重大な成果と歴史経験に関する中共中央の決議」とされる3回目の「歴史決議」は、昨年12月の六中全会で採択されている。この重要な会議終了後に発表された公式コミュニケは7000字ほどで綴られているが、そのうちの30%に近い2000字超が総書記である習近平に関する記述に割かれている点に注目したい。

 習近平の2000字超に対し、毛沢東ですら1000余字(全体比で14%。以下、同)、胡錦濤は610余字(9%弱)、鄧小平は400余字(6%弱)であり、江沢民に至っては僅かに284字(4%)に過ぎないのだ。習近平を100としてみるなら毛沢東は50ほど、胡錦濤は30前後、鄧小平は約20で、江沢民は15にも及ばないことになる。ここから現総書記である習近平の〝権威〟の程が想像できるばかりか、習政権が過去の政権を「毛沢東>胡錦濤>鄧小平>江沢民」と捉えていると推測できるだろう。

 あくまでも文字数に限定しての判断だが、7000余字中の3割近くが習近平に振り分けられているということは、個人崇拝を伺わせるに十分だ。であればこそ1982年の第12回共産党大会で下された「どのような形式であれ個人崇拝を禁止する」との決議との間に、いったい、どのように整合性を取ろうとするのか。

 今回の3回目の「歴史決議」を指し、中共中央党校々刊副編審を経験した鄧聿文は「習近平は中国を超えて、宇宙の領袖を目指す」「いずれ共産党は習総書記を党における〝前人未踏〟の地位に持ち上げるだろう」と推測する。北朝鮮における金正恩賛歌を思わせる過度の拍馬屁(へつらい)が見られるようになったことは、習近平一強体制は敢えて〝ある一線〟を超えてでも突き進もうとしているようにも思える。

伏線となっていた2つの集会

 ここで時計の針を今から1年ほど前に戻したい。

 昨年2月20日、北京で行われた文革時代を彷彿とさせるような勇ましい名前を掲げた「党史学習教育動員大会」に臨み、習近平は総書記として「まさに今こそ、党史学習教育を、全党を挙げて進めるべき時であり、それは十分に必要である」と訴え、続いて「建党百年」と「建国百年」を合わせた「2つの百年」という奮闘すべき目標を前にして、「党の歴史的発展の主流と本質を正確に把握し、党史における重要な事件、会議、人物を正確に認識したうえで科学的に評価すべきである」――と力説したのである。

 一連の発言は、習近平による党の指導権を左右する「党史解釈権」の掌握宣言であり、同時に建党百年の節目の年を期しての〝堂々たる独裁宣言〟を思わせた。

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