2022年12月8日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年2月2日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 同日、習近平の最側近の1人で理論面を支える王滬寧党中央委員会常務委員は「華国鋒生誕百周年記念座談会」に出席し、党中央(=習総書記)を代表し、華国鋒を評価する講話を行っている。華国鋒の失脚を仕掛けた張本人が鄧小平だったと言われるだけに、王講話に滲む鄧小平批判の色合いは、そのまま習総書記の意思と見なすことも可能だろう。

 どうやら3回目の「歴史決議」は、2021年2月20日の2つの集会が〝伏線〟となっていたようだ。

「共同富裕」に見える毛沢東と鄧小平の影

 昨年7月1日の建党百周年を機に習近平政権が打ち出した「共同富裕」を、「貧しきも、等しからざるも、共に憂う」と言い換えたとするなら、あたかもそれは毛沢東と鄧小平の政治を足して2で割ったようにも考えられる。

 毛沢東が国民に強く求めた「自力更生」「為人民服務」は「貧しきを憂えず、等しからざるを憂う」と、鄧小平が国民に指し示した「先富論」は「貧しきを憂い、等しからざるを憂えず」と読み取ることも可能だろう。「貧乏でもいい。だが不平等はダメだ」を説く毛沢東に対し、鄧小平の主張は「ともかくも貧乏はダメだ。格差・不平等があったにせよ、かまわない。誰でも我先に豊かさを目指せ」に近い。

 「共同富裕」に対する批判は当然のように聞かれる。だが、古来中国人が追い求めた儒教的ユートピアの「大同社会」をイメージさせる側面を秘めていると考えるなら、「中華民族の偉大な復興」「中国の夢」と意外に平仄が合うようにも思えてくるから不思議だ。

今回の五輪に凝縮される習政権のこれから

 冬期北京オリンピックの成否こそ、習近平政権3期目への基盤固めのカギになることは誰の目にも明らかだ。かくて大成功を引っ提げて、秋の第20回共産党大会を経て習近平政権の3期目に雪崩れ込むというのが既定路線だろう。

 だが現在までみられる習近平政治の姿から判断するなら、「赶美」の先に「巨大な夜郎自大国」――敢えて形容するなら「豊かで巨大な北朝鮮」への道を歩む可能性も考えられる。おそらく今回の冬期オリンピックに凝縮される習近平政権の姿に、政権3期目以降の振る舞いが映し出されるに違いない。

それにしても中国が「毛沢東の軛」から脱する時は来るのだろうか。

  
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