BATNAは停戦交渉を打開できるのか?
ユーリーとフィッシャーは交渉がまとまらない場合に選択しうる「最善代替案」をBATNA(バトナ:Best Alternative To a Negotiated Agreement)と呼んだ。
ウクライナ交渉団にとって最善案は当初、全土からのロシア軍完全撤退であった。しかし、ウクライナのNATO加盟と全土からのロシア軍完全撤退が現実的ではないと判断したゼレンスキー大統領は、「中立化」と「領土・主権」をパッケージにした交渉戦略を変更し、2つを切り離した。
ウクライナ交渉団はロシアに併合されたクリミア半島に関しては15年間で協議を行うとし、占領された東部ドンバス地方については首脳同士で協議することを提案した。早期の戦争終結を目指すゼレンスキー大統領は、クリミアと東部を除いた地域からのロシア軍撤退を最善代替案としたのだ。
ゼレンスキーの「心の内」
ゼレンスキー大統領はブチャで発生したジェノサイド(民族大量殺害)を許すことはできないが、ロシアとの戦争を終わらせるためには停戦交渉を進める以外の選択肢はないと述べた。停戦交渉のスピードをアップさせて、一刻も早く戦争を終結したいという「心の内」を明かした。
ロシア側はブチャでの市民を虐殺した「戦争犯罪」の行為について、フェイク(でっち上げ)並びにウクライナの「自作自演」だと非難した。仮に、ウクライナ交渉団が停戦交渉でロシア軍のジェノサイドの責任追求をした場合、交渉は決裂する可能性が一気に高まる。
従って、ウクライナ交渉団はジェノサイドの問題を交渉テーブルの上には置かず、集団的な安全保障の条約締結に向けて加速させたいだろう。
一方、ゼレンスキー大統領の「心の内」を見抜いているロシア交渉団は、停戦交渉を意図的に停滞させ、交渉のスピードを落としてウクライナ側を焦らせ、最大限の譲歩を引き出す戦略に変えてくるとみてよい。いずれにしても、ブチャでのロシア軍による戦争犯罪とジェノサイドは停戦交渉に影を落とすことになった。