2022年10月5日(水)

2024年米大統領選挙への道

2022年3月31日

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海野素央 (うんの・もとお)

明治大学教授 心理学博士

明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08年~10年、12年~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年と12年米大統領選挙で研究の一環として日本人で初めてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。激戦州南部バージニア州などで4200軒の戸別訪問を実施。10年、14年及び18年中間選挙において米下院外交委員会に所属するコノリー議員の選挙運動に加わる。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。中西部オハイオ州、ミシガン州並びに東部ペンシルべニア州など11州で3300軒の戸別訪問を行う。20年民主党大統領候補指名争いではバイデン・サンダース両陣営で戸別訪問を実施。南部サウスカロライナ州などで黒人の多い地域を回る。著書に「オバマ再選の内幕」(同友館)など多数。

 今回のテーマは「バイデン大統領の『ワルシャワ演説の真意』」である。ベルギーのブリュッセルでの北大西洋条約機構(NATO)、主要7カ国(G7)、欧州連合(EU)の首脳会議を終了したジョー・バイデン米大統領は3月26日、ポーランドの首都ワルシャワで「ウクライナ国民を支持するための自由主義諸国の一致団結」と題した演説を行った。

 この演説の中で、バイデン大統領は米国と欧州が結束して、ウクライナに軍事面、経済面、人道面で支援を提供してきたと強調した。中でも軍事支援においてバイデン氏には特別な思いがあった。その思いとは何か。

 また、バイデン氏は演説の後半に物議を醸すある発言をした。その発言の真意はどこにあるのか―ー。

ジャベリンへの思い

ジャベリンを担ぐウクライナ兵士(REUTERS/Gleb Garanich (Ukraine)/AFLO)

 ウクライナのロシアに対する抵抗の象徴的存在となっているのが、ジャベリン(対戦車ミサイル)である。実はバイデン氏にはこのジャベリンに対する特別な思いがある。

 回顧録『約束してくれないか、父さん:希望、苦難、そして決意の日々』(早川書房)の中で、オバマ元政権でウクライナ問題担当の首席特使を務めていたバイデン氏は、米国が新興の民主主義国ウクライナに武器供与をする「道徳的義務」があったと記述している。

 バイデン氏は道徳的信条から軍事面におけるウクライナ支援の重要性を唱えた。

 米ワシントン・ポスト紙の看板記者アシュリー・パーカー氏によれば、14年のロシアによるクリミア半島併合後、バイデン副大統領(当時)はウクライナへのジャベリン供与の必要性を強く主張した。だが、その主張はオバマ元政権内で否定された。その主たる理由は、ジャベリンを同国に供与すれば、ロシアとウクライナの戦争が拡大する可能性が高まることだったという。

 バイデン氏は今、オバマ元政権で実現できなかったジャベリンの供与を積極的に実施している。ホワイトハウスは3月16日、ウクライナに2000基のジャベリンを供与すると発表した。その時点ですでに2600基が供与されていたので、合計4600基になった。

 ちなみに、ジャベリンはレイセオン社とロッキード・マーチン社で開発されている。発射システムとミサイルを含めると17万8000㌦(約2170万円)である。補充のミサイル1発は約7万8000㌦(約950万円)である。ロシアのウクライナ侵攻は、結果的に米国の軍需産業に利益をもたらすことになる。

 バイデン大統領は、このジャベリンがプーチン露大統領のウクライナにおける体制転換(レジーム・チェンジ)と傀儡政権樹立の野望を砕く武器として捉えているフシがある。体制転換を阻止して、脆弱な民主主義国家ウクライナを守り抜くという副大統領時代からのバイデン氏の道徳的義務に基づいた特別な思いが、このジャベリン供与に込められているのだ。

不自然な演説の流れ

 バイデン大統領はワルシャワで27分間の演説を行い、「この男(プーチン大統領)は権力の座に居座ることはできない」と主張した。米公共ラジオのホワイトハウス担当のタマル・キース記者によれば、この一文は演説原稿に含まれていなかったという。

 確かに演説の流れが不自然であった。バイデン氏は「私たちには民主主義、原則、希望や光、良識と尊厳、自由と可能性に根付いたより明るい未来が訪れるだろう」と語った後で、突然プーチン氏の権力の座に関する発言を行ったのだ。そして「すべての人々に神のご加護がありますように。自由に神のご加護がありますように。私たちの軍に神のご加護がありますように」と述べて締めくくった。

「私たちには明るい未来が訪れるだろう」と語り、聴衆に希望を持たせた後で、「神のご加護がありますように」と祈って演説を終了するのが自然であった。

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