「農地はほとんど水に浸かり、農機具も失った。でもなんとか前向きにならねばと、残った農地で4月にはほうれん草やキャベツなどの試験栽培を始めた。渡辺さんの研究会にも参加して、やはり大規模化だ、自分は担い手になろうと。市からも、原状回復ではなくて大型化、近代化でと提案があった。私は賛成で、住民の方々にももちかけたが、反応は悪かった。住むところもないのに田んぼの話なんて……と」
「ただし全額国負担の交付金事業になることがはっきりしてきた12年6月頃からようやく動き出した。少しずつ同意手続きが進んでいる。でも、農地ができても、大規模にできる担い手が他にいないから大変です」
さらに放射能問題が暗い影を落とす。南相馬市の空間線量は決して高くない。年間1ミリシーベルト程度の地域が多く、試験田でも食品安全基準の100ベクレル/キロを超すような米は出なかった。それでも12年末、市は3年連続の稲作作付け制限を決めた。市側は一部再開という案を出した。しかし、農業関係者から「作っても消費者が買ってくれないのではないか」「もし基準値を超えたらさらに風評被害が強くなる」「除染を進めるといっていたのに、まったく進んでいない」などという不安の声が強く上がったため、再開は見送られた。
市内のある専業農家はこう話す。「すでに再開している相馬市の米は引き合いが強く、私はかねてからの取引先に仲介しているほど。多少値下げが必要なときはあるが県産米は全量検査だから安全性も担保できる。試験田で安全基準をすべて満たしたのに、自粛は残念。農家の間には、中途半端に再開するより賠償を受けられる間は受けたほうがよいという本音もある」
震災前まで稲作の実績があれば、賠償金は10アールあたり5万7000円が支払われている。10アールの水田から上がる売上は多くて10万円、粗利は数万円という。担い手に貸し付けても入る小作料は1万5000円程度というから、これでは生産再開したり担い手に貸したりするより、賠償を受けていたほうが得となる。南相馬の農業復興はまだまだ先が見えない。
(撮影:編集部)
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