2022年7月1日(金)

21世紀の安全保障論

2022年4月20日

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勝股秀通 (かつまた・ひでみち)

日本大学危機管理学部教授

1983年に読売新聞社入社。93年から防衛問題担当。民間人として初めて防衛大学校総合安全保障研究科(修士課程)修了。解説部長、編集委員などを経て、2016年4月から現職。

すべき避難をさせられない国、日本

 今回のロシアによるウクライナ侵攻の最大の特徴は、攻撃され、破壊された多くの街並みや市民の姿、まさしく戦争の実相を、デジタル技術が進化したインターネット等によって、ジャーナリストだけでなく一般市民が撮影した動画や写真を通して世界中の人々が目撃者となったことだ。

 マリウポリの産科病院が爆撃され、血だらけの担架で運び出される妊婦(その後母子ともに死亡)を見れば、ロシアの無差別攻撃という非道を憤らずにはいられない。だが同時に、ミサイル攻撃や砲爆撃を主流とする現代戦の災禍の中で、ウクライナの人々はどうやって自らの身を守り、助け合っているのか、〝私たち日本人〟はしっかりと見届け、そして自分事として考えなければならない。

 〝私たち日本人〟と強調したのには理由がある。それは戦争から国民を守る、いわゆる「国民保護」について無策だった政府が、戦後60年を目前にした2004年、ようやく「国民保護法」を制定したものの、人権を過度に配慮し、その上、自然災害と戦争を同一視するような空疎な内容であるからだ。ウクライナの現実を目撃した今だからこそ、戦争の実相から目を背けず、同法を全面的に見直し、国民を守るために必要な議論をしなければならないと考えるからだ。

 その議論の中心となるのは「住民の避難」だ。戦争がはじまってしまえば、四面環海の日本には、ウクライナのように陸路で避難できる隣国はなく、一人ひとりが〝難を避ける〟ためにどうすべきかを考え、行動しなければならない。

 現行の国民保護法は、武力攻撃から国民の生命・財産を保護する必要があると認める場合に、≪政府の対策本部長(首相)が、①警報を発令し、②避難が必要であれば、都道府県知事に避難措置を指示≫という順序で進む。しかし、問題はこのあとだ。

 都道府県知事から住民の避難を指示された市町村長は、「避難実施要領に基づき、当該市町村の職員並びに消防長及び消防団員を指揮し、避難住民を誘導しなければならない」と定められ、さらに必要があれば、市町村長は警察署長、海上保安部長、自衛隊の部隊等の長に対して「避難住民の誘導を行うよう要請することができる」と記されている。つまり、住民の避難は≪必要があれば、市町村の職員もしくは警察官や消防吏員、自衛隊員が住民を誘導して実施する≫というのが前提で、住民一人ひとりが判断して行動することは想定していない。

 しかし、ウクライナの状況を重ね合わせてみれば、繰り返される砲爆撃の中で、行政が誘導することが困難であることは明らかだろう。政府と地方との通信は途絶し、行政機関が攻撃を受け、その職員が犠牲となっている可能性も高い。同法は制定過程の議論でも、消防や警察は消火や治安維持にあたり、自衛隊は脅威の排除に専念しなければならず、とても住民の避難に人員を割ける余力などないことは再三指摘されていた。

 ではウクライナの人々はどうしたのか。前述のように「訓練で地下のシェルターに逃げ込むことをたたき込まれている」、「1週間は自宅地下室に隠れていた」、「キーウの地下鉄に1万5000人が避難」……といった状況下で、一人ひとりの判断で難を避けていたことが明らかになっている。その後、攻撃の状況を見ながら、居住地に留まっている人もいれば、国内外に避難するという選択をした人もいる。

武力攻撃を全く想定していない訓練の数々

 弾道ミサイルや巡航ミサイル、精密誘導兵器など長距離火力による攻撃が中心となる現代戦では、攻撃のターゲットはどことどこで、それが1回限りなのか、何度も繰り返されるのか、予測することは容易ではない。どれほどの破壊力がある兵器が使われ、被害がどれ位の範囲に及ぶのかといったことを予測することも難しい。これが時間の経過とともに収束に向かう自然災害との違いだ。

 だからこそ重要なのは、現代戦ではどのような戦闘が行われ、住民はどのような状況下に置かれるのかということを、私たち一人ひとりが学び、理解しなければならない。

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