2022年12月5日(月)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年5月21日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

父親の政治経歴ではなく、内外情勢の考慮を

 たしかに現在のフィリピンと蔣経国政権当時の台湾を取り巻く内外情勢とは同列には論じられない。フィリピンの新大統領と蔣経国との間では国家指導者としての経験・先見性・実行力も違うだろう。だが、だからといって「リベラル小児病」に後押しされるがままに独裁者の息子は独裁者だと決めつける姿勢は、やはり厳に慎むべきだ。

 振り返って見れば韓国では朴正熙大統領の長女である朴槿恵氏が、ミャンマーではアウンサン将軍の娘であるアウンサン・スーチー氏が、それぞれ国家指導者に就任した際、わが国メディアは共に父親を親日派と見なす一方、欧米メディアはスーチー氏が民主化の闘士・指導者であったことも重なって、大いに歓迎したものである。

 だが政権運営に当たって、彼女らは内外メディアの期待するような振る舞いを見せることはなかった。やはり国家を率いる立場に就いたなら、自国を取り巻く内外情勢を踏まえた上で自らに委ねられた国家経営の権限を行使するまでであり、父親の政治経歴・背景に左右されることも、ましてや政治信条に縛られる必要はないはずだ。

 外部からの、タメにする政治的口先介入は百害あって一利なし。誤解を招き易い。であればこそ不確かな先入観念や予見に基づく希望的観測を避け、フィリピンでも当面は新政権の動きを冷静に見極めることに努めるべきだろう。

ここ数年で見られるフィリピンと中国の関係性

 わが国メディアは新政権の対中姿勢に強い関心を示す。緊張の海である南シナ海を挟んで中国と対峙していればこそ、フィリピンの動向を注視することは当然ではある。

 たしかに父親のマルコス大統領は「クローニー資本主義」を維持することで独裁体制を長期に亘って維持したし、政権の周辺にフィリピン最大の政商で知られたルシオ・C・タン(陳永栽)を筆頭とする多くの華人企業家を配し、多種多様な利権をテコに政権を運営していたことは周知の事実である。

 彼ら華人企業家の多くが自らのルーツとする福建省を軸に幅広い中国投資を展開し、さらに習近平国家主席も政治経歴を含め同省とは因縁浅からぬ関係を持っている。そこで、新政権が親中路線を歩むだろうとの観測が報じられることになるのだろう。

 だが、はたしてこの見方をそのまま受け取っていいものか。

 ここで参考までに、経済関係をめぐって米中間で激しい応酬が交わされていた2020年秋の、フィリピンにおける中国をめぐる動きを振り返ってみたい。

 同年9月1日、フィリピン大統領府報道官は「わが国は如何なる国の属国でもなく、外交方針を決定するのは大統領である」と主張し、「米国が制裁を加える中国企業であっても、自国の利益を追求するためにはフィリピン国内における活動継続を認める」と発言した。事前に伝えられていた「米国に制裁を科された中国企業との関係を断つ方針である」とするテオドロ・ロクシンJr外相の発言を、真っ向から否定してみせた。外相発言を否定することで、同報道官はロドリゴ・ドゥテルテ大統領の対中姿勢を内外に明確に示したのである。

 当時フィリピンでは、(1)最有力華人企業家のルシオ・C・タンが中国交通建設集団傘下の中国交通建設と組んでマニラ市南郊カビテ省で国際空港を建設。(2)ドゥテルテ大統領に極めて近い華人企業家のデニス・ウイ(黄書賢)などが中国電信集団と組んで創業した第3通信事業者(ディト・テレコミュニティー=DITO)による通信市場への参入(じつはフィリピンの通信部門は長年2大通信企業による独占状態にあった)。(3)中国能源建設集団(CEEC)によるマニラ市東郊でカリワ・ダムの建設――などの巨大プロジェクトが進行中であった。

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