5月9日に行われたフィリピンの大統領選挙の結果を、わが国メディアの多くは「元独裁者の息子/当選」「悪名高い『王朝』が復権/比選挙でマルコス氏圧勝」「フィリピン大統領選/36年ぶりの一族復権か」「相続税がチャラになる」「イメルダの執念」などと論評していた。
一連の報道の背景に大統領選勝者のフェルディナンド・マルコス・ジュニア(64歳)の両親の存在があることは、敢えて指摘するまでもないだろう。父親の故フェルディナンド・マルコス元大統領(任期:1965~86年)は強権政治と縁故者や親族を重用する「クローニー(縁故)資本主義」を両輪にして長期独裁体制を布き、母親のイメルダ・マルコスは夫であるマルコス大統領が持つ強権を後ろ盾にした破天荒な言動で知られ、美貌を誇ったことから「鋼の蝶」「鉄の蝶」とも呼ばれた。
大統領と夫人の2人で横車を押すように進めた長期独裁政治に対し、86年には国軍が叛旗を翻し、これに呼応した多くの市民が大統領官邸のマラカニアン宮殿を占拠した「ピープルパワー革命」によってマルコス夫妻はフィリピンを追われ、ハワイに亡命せざるをえなかった。
両親による長期に亘る強権政治の〝残像〟が大統領選勝者をマイナス・イメージで捉えようとする報道姿勢に結びついたことは容易に想像できるが、メディアが示す「なぜ独裁者の長男を次期大統領に選ぶような〝愚〟を繰り返すのか」「マルコス王朝の復権を許すな」といった説教口調は、やはり気になる。
メディアによるフィリピンの有権者に対する上から目線――敢えて「リベラル小児病」と形容しておく――には大いに違和感を覚えるし、世論をミスリードする可能性は決して小さくはない。
独裁者の子は必ずしも独裁者ではない現実
メディアにみられる「独裁者の息子だから独裁者である。なぜ性懲りもなく独裁者を選ぶのか」とでも言いたげな政治的正義感が「リベラル小児病」に発していることは敢えて指摘するまでもないだろうが、それが現実の政治状況を必ずしも的確に反映したものでないことは、ルソン海峡とバシー海峡を挟んで北に隣り合う台湾における民主化の歩みを振り返ってみれば明らかだろう。
台湾における絶対的独裁体制を長期に亘って維持していた蔣介石が75年に亡くなった後、後継ポストはワンポイントの厳家淦を経て〝既定方針〟に従うかのようにして長男の蔣経国へと受け継がれた。
父親の下で情報・特務工作など裏方の仕事を担っていたことから、彼は内外から必ずしも好印象で迎えられていたわけではない。父親以上の強権政治を布くものとの世評が専らであった。
だが、大方の予想は裏切られた。78年に最高権力を掌握するや、蔣経国は独裁とは反対の方向に政治の舵を切ったのである。台湾をめぐる厳しい内外環境を的確に見据えていたからに違いない。
晩年までの10年ほどの間に、国民党=蔣一族による独裁体制の解消に道筋をつけ、自ら「台湾人である」と宣言する一方で李登輝に代表される本省人人材を政権中枢に積極登用することで国内対立(「省籍対立」)の緩和に努め、戒厳令を解除し野党の存在と出版の自由を認め、「探親(里帰り)」を名目にした一般国民の大陸旅行解禁に踏み切るなど、その後の台湾の民主化につながる数々の政策を実行に移していった。