2024年4月26日(金)

WEDGE REPORT

2021年6月2日

 南シナ海南沙諸島の領有権問題をめぐり、フィリピンと中国の緊張関係が再び高まっている。中西部のパラワン島から西に約320㌔離れたウィットサン礁周辺で、中国の「海上民兵」の船、約220隻が停泊していたためだ。停泊が確認されたのは3月7日。フィリピンは即時撤退を求めたが、中国側は2カ月近く停泊を続け、5月上旬現在、両国で非難合戦が繰り広げられている。

今年3月、ウィットサン礁付近に停泊している「海上民兵」とされる船団
(NTF-WPS VIA PCOO/AFP/AFLO)

 フィリピンのロレンザーナ国防相は、ウィットサン礁は排他的経済水域(EEZ)内に位置すると主張した上で、中国を非難した。

 「海上民兵が乗る中国船の停泊は、(南沙諸島を)軍事拠点化する明らかな挑発行為だ」

 これに対し、在フィリピン中国大使館は「海上民兵は存在しない」としてこう反論した。

 「中国の漁船は海が荒れていたために避難しただけだ。普通の対応だ」

 中国は、ウィットサン礁は南沙諸島を管轄する南沙区の一部だと主張。フィリピン側も譲らず、当日の天気は良好だとして抗議した。

 「悪天候であれば、中国船は隣り合って停泊しない。列をなすのは、船同士で水や燃料などの補給をしやすくし、長期間停泊する意図がある」

 フィリピン国軍は3月末、現場周辺を監視するための海軍艦船や航空機を派遣。4月5日には、外交ルートを通じて中国に再び抗議を行い、その1週間後にはフィリピン外務省が、黄渓連・在比中国大使を呼び出し、中国船の退去を正式に要請した。 

 ウィットサン礁周辺に停泊していた中国船は約220隻から大幅に減ったが、周辺に分散しただけで、依然として留まり続けている。

 そもそも中国船が停泊していた目的は不明である。『日刊まにら新聞』の石山永一朗編集長が約5年前、共同通信記者時代に南沙諸島をルポした経験を踏まえて説明する。

 「3~5月の南シナ海は凪いでおり、航海にはベストシーズン。『海上民兵』と言われているが、保護対象生物ながら中国で珍重されるオオシャコガイやウミガメを狙った密漁船団が混じっていた可能性もある」

 中国批判を繰り返したのはもっぱらフィリピンの閣僚だが、停泊が確認されてから1カ月半後の4月20日、ドゥテルテ大統領がついに沈黙を破った。

 「もし中国が(南シナ海で)石油やその他の天然資源を採掘したら、その時は行動に移す。軍艦を派遣する」

 その言葉通り、フィリピン沿岸警備隊は巡視艇を派遣し「撤退する気はない」と強気の姿勢だ。中国に対して弱腰だったドゥテルテ政権。態度を一変させた真意とは何だろうか。

対中宥和姿勢の背後に
経済依存とコロナ禍

 南沙諸島領有権問題をめぐり、近年、比中間で最も緊張が高まったのは、アキノ前政権下の2012年4月だ。ルソン島中部の西方沖約230㌔のスカボロー礁で、両国の艦船が2カ月以上にわたってにらみ合いを続けた。

 フィリピンは翌13年、オランダ・ハーグの仲裁裁判所に中国を相手取って提訴し、同裁判所は16年7月、南シナ海ほぼ全域に主権が及ぶと主張する中国の境界線「九段線」について「法的根拠はない」とする判断を下した。

 同年6月末に就任したドゥテルテ大統領は、元々反米だ。きっかけは、彼がミンダナオ島ダバオ市長時代の02年にさかのぼる。市内のホテルで爆破事件が起き、容疑者の米国人男性が負傷して病院に搬送された。ところが米連邦捜査局(FBI)によっていつの間にか本国へ移送されたと言われ、これが彼の逆鱗に触れたのだ。以来、反米感情が強く、大統領就任後間もなく訪問した中国では、習近平国家主席から約240億㌦という巨額の経済援助を引き出す代わりに、国際仲裁裁判所の判断を棚上げした。

 この親中路線は、南沙諸島での人工島建設を容易にし、中国の軍事拠点化を加速させたが、ドゥテルテ大統領は黙認してきた。昨年7月に行われた大統領施政方針演説では、あっさり「敗北宣言」をしたのだ。

 「比には中国ほどの軍事力がない。もし(中国と)戦争になるなら、対抗する余裕はない。他の大統領は可能かもしれないが、私は何の役にも立たない」

 この1週間後に大統領は、南シナ海で他国との合同演習に参加しないよう海軍に命じた。海軍はこの2カ月後、南シナ海で警戒・監視活動に当たる非武装のフィリピン版「海上民兵」を配備する計画を公表したが、間もなく大統領は資金不足を理由に当面凍結する方針を表明した。今年2月、中国が海警局に武器の使用を認めた「海警法」が施行された際も、ロクシン外相らが抗議はしたものの、ドゥテルテ大統領自身は態度を表明しなかった。

 こうした弱腰外交の背景に浮かび上がるのが、中国に対する経済依存だ。中国はフィリピンにとって最大の貿易相手国である。輸入元は中国が約23%を占めて断トツで、日本の約8%を凌ぐ。フィリピンへの観光客も韓国に次いで多い。

 中国からの開発援助も存在感を増しており、マニラ首都圏には現在、2本の橋の建設が急ピッチで進められている。このほかの大型借款案件は未知数だが、情報通信分野への投資も行われており、フィリピン経済にとって今や、中国は欠かせない存在なのだ。

 これに加えて、最近のフィリピン情勢を左右するのがコロナ外交だ。海事分野に詳しいフィリピン大学のバトンバカル教授は、こう言い切る。

 「大統領が今最も必要としているのはワクチンだ。中国からさらに入手することができれば、その実績は来年実施の大統領選の票につながる。典型的な政治的思考だ。だから中国を刺激する発言を避けてきたのではないか」

 フィリピンは3月に入ってから、新型コロナウイルスの変異株が発生して感染者が急増し、下旬には1日の感染者数が連日1万人を超えた。これまでに普及しているワクチンは主に中国シノバック社製。4月半ばに接種回数は100万回を超えたが、接種率は人口約1億人の1%に留まっている。


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