中国への懸念を共有するインド太平洋主要国の連携、いわゆる「クアッド」が新たな段階に入った。3月12日、日米豪印4カ国は初めてとなる首脳会談をオンライン形式で開催した。
首脳会談は同盟国・友好国との関係を重視する米国のバイデン政権が1月の発足当初から各国に働きかけ、日豪両国もこれに賛意を示した。先立つ2月に行われた4カ国外相の協議で、首脳会談開催の方向で一致したとされるが、インドは日米豪とは対照的に、沈黙を保った。インド外務省がモディ首相の参加を表明したのは、開催3日前、3月9日の日印首脳電話会談の直後であった。
この動きの背景には、日本人には理解しにくい、インドの掲げる「戦略的自律性」や中国との関係がある。インドの行動の裏には常に独自の論理があり、それらを理解することが欠かせない。
強まる中国の軍事攻勢
モディ政権のクアッドへの傾斜は、中国によるインド国境への軍事的攻勢の激化と連動している。
1962年には戦火を交えた両国の国境はその多くが未解決であり、「実効支配線」についても双方の認識が異なっている(下図参照)。そのため、「侵入」事案はこれまでも頻発してきた。それでも、印中間ではとくに90年代以降、信頼醸成措置が積み重ねられ、この45年間、犠牲者を出すような事態に至ることはなかった。
しかし昨年6月15日夜、標高4300㍍のヒマラヤ・ガルワン渓谷で起きた衝突は、公式発表でインド兵20人、中国兵4人の命を奪う惨事となった。さらに昨年初から中国人民解放軍による実効支配線での前進政策が顕著になってきており、そのことが今回の事態を引き起こしたとインドはみている。中国がコロナ禍に乗じて、自らに優位な地域秩序を確立すべく対印攻勢を強めているというのである。
モディ政権は、中国側に「現状への回復」を求めて外交・軍当局間の交渉を続けつつ、対中牽制のためのカード ──「そちらが譲歩しないのであれば、われわれはクアッドの連携を強化するぞ」というメッセージ ── を切り始めた。まずは昨年10月に東京での外相会談開催に応じた。それでも埒が明かないとみるや、日米印で行われてきた海上演習「マラバール」についても、日米豪の要請に応じて13年ぶりに豪州を招いての実施に踏み切った。
にもかかわらず、中国側の態度は変わらなかった。軍事対峙の長期化は、パキスタンとも緊張関係が続くインドにとって望ましいことではない。特にコロナ禍の冬季の前線配備を強いられた軍の負担は想像に難くない。対中交渉は難航をきわめたが、ようやく今年2月、両国は、インドのラダック東部に位置するパンゴン湖地区で、双方の部隊が前線から「離脱」して対峙以前の状況に回復することで合意したと発表した。この地区での撤退は順調に進み、このときインド側には事態打開への期待もみられた。
ところが、期待は裏切られる。中国側は他の地区ではいっこうに譲歩する姿勢を見せなかった。そもそもパンゴン湖地区は、インド側が今回の緊張を通じて戦略上有利な高地を支配していたため、中国が交渉に応じやすいという事情があった。野党や一部有識者も指摘するように、見通しが甘かったと言わねばなるまい。結果、モディ政権としてはクアッド首脳会談開催を発表するという、次の政治的カードを切らざるをえなくなったのではなかろうか。
その一方で日米豪は、インドの事情を汲んでインドが参加しやすい議題設定に腐心した。軍事ではなく、経済安全保障に焦点を当てたのである。特に1月中旬から「世界の薬局」を自任するインドが展開しはじめたワクチン外交での協力を首脳会談の柱に据えたのは大いに歓迎された。このほかにも、気候変動問題、脱中国のサプライチェーン構築へ向けた協力など、非軍事領域での連携強化が主要議題となった。