2024年7月16日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年5月7日

 中国の海上民兵と思われる220隻に上る船舶が3月上旬からほぼ一ヶ月の間、南沙諸島のウィットサン礁に集結した。これに対してフィリピン政府は珍しく強く抗議した。

ASEF / khvost / dk_photos / primo-piano / iStock / Getty Images Plus

 ウィットサン礁はフィリピンの沿岸から200海里以内の排他的経済水域内(フィリピン本土から320キロ、中国から1060キロ)に位置し、フィリピンが領有権を主張してきた。これに対し、中国は南シナ海のほぼ全域に対する権利(いわゆる「九段線」)を主張する。2016年にフィリピンの提訴を受け、海洋法条約に基づく仲裁裁判所は、中国の「九段線」の主張を否認している。しかし、フィリピンのドゥテルテ大統領は、この問題で中国と対決することを避け、曖昧な態度をとってきた。

 今回、ドゥテルテ政権は、これまでとは異なる反応を見せた。3月21日、ロレンザーナ国防相は220隻の中国の船が「我々の主権的領域」から出るよう要求した。その2週間後、同国防相は中国が「国際法を全く無視している」と批判した。ロクシン外相は、中国の「見え透いた虚偽」を強烈に非難した。さらに、4月19日にはドゥテルテ大統領自身が、南シナ海における石油や鉱物資源の領有権を主張するために軍艦を派遣する用意ある旨を述べた。

 マニラの中国大使館は、これらの船が海上民兵の船舶であることを否定した。中国外交部の説明は、これらの船は漁船であり、強風を避けて避難しているに過ぎない、というものであったが、地域の天候は平穏であるのに1ヶ月も居座った。漁船というには異様である。船に漁具は見当たらず、漁をしていた様子もなく、整然と列を成して停泊した。3月31日、ホワイトハウスは「海上民兵の船舶のウィットサン礁における集結」を批判し、南シナ海に米比相互防衛条約の適用があることを確認する声明を発表した。フィリピンも、これらの船は海上民兵の所属だとしている。

 現在では、やっと中国船のほぼ全てが退去し周辺に散ったようである。再び戻って来ることがあるのか、その際には海警あるいは海軍の艦艇に伴われるようなことがあるのか、不透明である。

 類似の事件としては、2019年4月にフィリピンが実効支配する南沙諸島のティツ島に多数の中国の船が集結し緊張が高まったことがある。フィリピンにとっての恐怖は、2012年4月、フィリピン海軍がスカボロー礁近くに中国の漁船8隻が停泊しているのを発見し拿捕したが、これが両国の睨み合いに発展し、結局、スカボロー礁が中国の実効支配に帰すことになったことの再来である。何十年もの間スカボロー礁の海域を利用して来たフィリピン漁民は、中国の海上民兵と海警艦艇によって未だに漁業を拒否されている。

 問題は、この先例のない規模の船団の奇怪な行動は何を意味するのかにある。海上民兵の独自の行動ということはあり得ず、海軍など上部機構の指令によるものであろうが、海上民兵の何等かの役割を試し、諸外国の反応を見極めようとする企てかも知れない。

 英国のシンクタンク国際戦略研究所(IISS)のSamir PuriとGreg Austinは、4月9日付けの記事‘What the Whitsun Reef incident tells us about China’s future operations at sea’で、海上民兵のミッションを3つに分類し、次のような分析を述べている。

『(1)平時において、中国は、そのプレゼンスに反対する外国船舶にまとわりついて妨害する。

(2)ウィットサン礁のような領有権の争いのある地形に権利を主張する手段として、外見は軍の艦船とは見えない船舶を展開する「グレーゾーン」の作戦を担う。

 以上二つのタイプのミッションには他方の国が海上民兵に対抗しようとする場合、エスカレーションの危険がある。この関連では、海警法によって中国海警の艦艇が脅威に対応するため要すれば武器の使用が可能とされたが、今後、海警(あるいは海軍)が積極的に海上民兵の保護に乗り出すことになるのか注目される。

(3)ハイブリッドな戦闘シナリオの一翼を担うミッション。海軍が争いのある島を占領しようとする場合、陽動作戦のために海上民兵を別の場所に展開することが出来る。例えば、中国と台湾を巻き込む武力紛争の場合、中国は遠く離れた幾つかの海域に海上民兵の船団を展開して敵対国に多方面への対処を余儀なくすることが出来る。』

 いずれにせよ、尖閣諸島であれ、台湾であれ、中国が海上民兵をどのように使うことを考えているかは慎重に研究し、これに備える必要があろう。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る