ドゥテルテ王朝は続くのか
フィリピンに向き合うには
今回の中国船停泊で、表だって中国への批判を繰り返したのは、ロレンザーナ国防相とロクシン外相だ。この2人は親米派である。東アジアの国際政治を専門にするデ・ラサール大学のデ・カストロ教授がこう指摘する。
「ドゥテルテ自身は習近平国家主席と良好な関係を築いているので、中国に面と向かって何か発言することは少ない。すべて側近が対応している」
しかし中国への刺激を避けるなら、閣僚の発言も控え目になるだろう。つまり国防相と外相の中国批判は、大統領からのお墨付きを得ている可能性がある。この点についてデ・カストロ教授は、来年5月の大統領選を見据えたパフォーマンスだと分析する。
「『中国の操り人形ではない』という姿勢を野党や国民に示す必要がある。特に野党勢は、中国に対するドゥテルテの弱腰外交を批判しており、大統領が今回、沈黙を破ったのも、対外的な意図よりは、対内的な世論を意識した可能性が高い」
フィリピン国民は親米反中の傾向が強い。民間調査機関の結果でも毎回、日米などに比べると、南シナ海問題の影響があるとはいえ、フィリピン国民の中国に対する信頼度は著しく低い。
一方の対米関係では、フィリピンを訪問する米軍の法的地位について定めた訪問米軍地位協定(VFA)の破棄問題がくすぶっている。ドゥテルテ大統領は昨年2月、VFAの破棄を命じた。上院議員への米国査証発給拒否がその理由とみられるが、大統領のこの判断には親米派から反発の声が相次いだ。現在は破棄が一時的に凍結されているが、ドゥテルテ政権による中国批判は「米国から武器を調達する国軍内部の親米派にも配慮している側面がある」(デ・カストロ教授)という。
次期大統領選では、ドゥテルテ大統領の長女で、父親のキャリアをなぞるようにダバオ市長の地位にあるサラ・ドゥテルテ氏が有力候補に挙がっている。サラ氏は現時点で出馬を否定しているが、ドゥテルテ大統領自身が16年の選挙でそうだったように、直前になって態度を一変させるかもしれない。
ドゥテルテ大統領の直近の支持率は65%と、コロナ対応で落としたとはいえ依然高い。このまま与党が選挙戦に突入し、勝利を収めれば、親中路線は継承され、南シナ海において中国は実効支配を拡大し続けるだろう。
では米国とともに「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現を目指す日本は、どう向き合うべきか。バトンバカル教授は提言する。
「フィリピンだけでなく、南沙諸島の領有権を主張するマレーシアなどと自衛隊の海上訓練を増やし、南シナ海における日本のプレゼンスを高めることだ。海洋に関連する多様な情報を集約・共有する『海洋状況把握』(MDA)で関係各国が連携を強化するのも重要である」
日本はすでに、フィリピン沿岸警備隊に巡視船10隻を供与しているが、海上警備能力の強化に向けた支援の継続も求められるだろう。
ドゥテルテ大統領は、麻薬撲滅戦争によって「暴君」のようなイメージが強いが、米中の狭間で微妙なバランスを取りながら外交を展開している。日本はその動向を見定めながら、フィリピンの対中・対米観を正しく汲み取った上で付き合っていく必要がある。
Wedge6月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。
■押し寄せる中国の脅威 危機は海からやってくる
Introduction 「アジアの地中海」が中国の海洋進出を読み解くカギ
Part 1 台湾は日米と共に民主主義の礎を築く
Part 2 海警法施行は通過点に過ぎない 中国の真の狙いを見抜け
Column 「北斗」利用で脅威増す海上民兵
Part 3 台湾統一 中国は本気 だから日本よ、目を覚ませ!
Part 4 〖座談会〗 最も危険な台湾と尖閣 準備なき危機管理では戦えない
Part 5 インド太平洋重視の欧州 日本は受け身やめ積極関与を
Part 6 南シナ海で対立するフィリピン 対中・対米観は複雑
Part 7 中国の狙うマラッカ海峡進出 その野心に対抗する術を持て
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。