2024年7月16日(火)

ニュースから学ぶ「交渉力」

2022年6月11日

キューバ危機から学ぶ危機回避の交渉

 過去には、今回のウクライナ危機と同様の緊迫した状況の中で見事に戦争を回避した事例がある。今から60年前のキューバ危機である。

 当時はいわゆる東西冷戦の最中であり、米国とソ連の対立が続いていた。そうした中でソ連が、地理的に米国に近いキューバにおいて、核ミサイルの施設を建設していることが発覚し、両国間の緊張は一気に高まった。さらに、米軍のキューバ偵察機がソ連の地対空ミサイルに撃墜され、事態は一層悪化し、第三次世界大戦の勃発を予想する人々が少なからず現れた。この戦争前夜の危機的状況から、ジョン・F・ケネディ米国大統領は、弟で司法長官のロバート・ケネディらと共に、見事に平和的な解決を見出すことができたのである。

 この解決法は、交渉学の観点から極めて重要な要素が盛り込まれたものだった。また、それらの要素は国家間対立だけでなく、普段の私たちの生活やビジネス活動においても不可欠の要素であるため、今回それをご紹介したい。

 結論から書くと、交渉学的には、ケネディ兄弟は「アプリシエーション」を貫いた、と評価できる。アプリシエーションとは、日本語で言えば「価値理解」である。

 ハーバード大学交渉学研究所の創設者であり、筆者がハーバード・ロー・スクールで師事した故ロジャー・フィッシャー教授は、相手に対するこの「価値理解」が交渉において最も重要な要素の一つであると説いた。自分の論理(考え方)だけが正しいと主張するのではなく、「私もあなたの立場であれば、同じように考えると思います」と相手の考え方に敬意を表することである。

 ただし、相手の考え方を受け入れる「譲歩」とは異なる点に注意を要する。あくまでも、相手の考えを尊重し、理解しようと努めている姿勢を示すことを意味している。これは、交渉学のもう一つの重要な要素である「傾聴力」の理念とも一致し、相手の考えを知ることこそが交渉におけるファーストステップとなる。

 この価値理解について、より身近な例で考えてみたい。

営業ノルマに追われる上司と部下なら

 新人であるあなたは、営業部長である上司の下で働いている。上司は営業ノルマに日々追われていて、イライラしていることが多い。ある日、あなたは上司に呼び出され、「今月の売り上げ目標、君は達成できていないじゃないか」と怒鳴られた。自分としては、売り上げ目標自体が理不尽であり、目標の半分を達成するだけで精一杯だと思っている。

 このような状況にあるとき、あなたならどうするだろうか。

 「こんな無茶な売り上げ目標を立てられても無理です!」と興奮しながら上司に言うだろうか。多くの人は、「上司はいつもこんなものだ。自分が言ったところで変えられない」という具合に考え、あえて声を上げることなく不満を抱いたまま、黙って無理な目標に向けて活動を行うのではないか。しかしそれでは、組織にとってもあなたにとっても悪循環で、決していい結果を生み出すことはない。

 ここで重要なのが、あなたと上司との「価値理解」である。とはいえ、こんなにも双方の思いや立場がかけ離れている中で、どうすれば価値理解ができるのだろうか。最初の言葉を間違えてしまうと、上司との対立関係に陥ってしまい、望んでいた方向とは逆の道へ進んでしまうことになる。

 まずは相手の行いに対して敬意を示すことを忘れてはならない。例えば、「いつも私たちの部署のために考えてくださりありがとうございます。今月の売り上げ目標について、営業成績を上げるために何が必要なのかをもう少しお話ししていただけませんか?」と話し始めたらどうだろうか。ただ売り上げ目標を立てるのではなく、目標を実現するためのさまざまな具体的選択肢を考えて営業努力するように上司と話し合うことができれば、互いの価値理解が進み、自分たちの本当のミッションが見えてくる。


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