「対立」から「協働」への移行
上司を尊重しつつ、さらに、自分の意見を展開することも容易になる。対立せずに話し合うことで、上司との関係が、「対立」から「協働」に移行し、「立てた目標を達成する」という利害を一致させることが可能になる。
この一連のアプリシエーション(価値理解)については、否定的な言葉ではなく肯定的な言葉でコミュニケーションをとる「ポジティブ・フレーミング」が重要な鍵を握る。先ほど紹介したように、感謝の言葉で始めれば、上司は自分の話に耳を傾けてくれるだろう。
「〇〇のところが私の理解が悪く腑に落ちないので、もう少し詳しく教えて頂けないでしょうか」というように話せば、上司からこれまでの経験に基づくコツなどを聞くことができるかもしれない。相手を否定したり刺激したりすることなく、より詳しく聞いてみたいという前向きな姿勢で臨むことが、あるべきコミュニケーションの一つの形だと筆者は考えている。
互いの脅威を知った上での解決策
話をキューバ危機に戻すと、ケネディ兄弟はこれらのことを見事に実践した。瀬戸際戦略を行っていたかのように思われることも多いが、これは交渉学的には「禁じ手」で、破滅的な結果を生み出しかねない。しかし、ケネディ兄弟はその危険性を理解していたのか、実際には瀬戸際戦略ではなく、価値理解を意識した交渉を行っていた。米軍機がソ連に撃ち落とされた段階ですぐに反撃に出るのではなく、まずはソ連がなぜそのようなことをするのかを分析することに注力したのだ。
具体的には、ロバート司法長官はソ連のドブルイニン大使と非公式に会談した。この会談によって、双方が相手の「真意を確認」することができたと言われている。すなわち、米国にとってソ連によるキューバの核ミサイル配備が脅威であるのと同じように、トルコに米国(NATO側)が配備しているジュピター・ミサイルはソ連にとって脅威だったのである。まさにこれは、アプリシエーション(価値理解)の実践によって見えてきた事実だと言える。
さらに、「これ以上の事態悪化に至れば戦争に突入する」と主張して強硬姿勢を見せた一方で、キューバのミサイルを撤去してくれれば、米国もトルコに配備しているジュピター・ミサイルを撤去する、という柔軟な姿勢も見せた。うまくバランスを取った交渉の結果、両国間で互いに満足のいく道筋を見出せたことが大きな要因となり、第三次世界大戦の勃発を回避することができたのである。
このキューバ危機で行われたようなアプリシエーションを重視したコミュニケーションが国際社会とプーチン大統領の間で行われ、一刻も早く軍事行動が収束し、交渉による問題解決がなされることを願ってやまない。
I. William Zartman & Guy Olivier Faure, Escalation and Negotiation in International Conflicts (2006)
田村次朗『ハーバード×慶應流 交渉学入門』(中公新書、2014年)
堀田美保『アサーティブネス その実践に役立つ心理学』(ナカニシヤ出版、2019年)
ロジャー・フィッシャー=ダニエル・シャピロ(印南一路訳)『新ハーバード流交渉術 論理と感情をどう生かすか』(講談社、2006年)