2022年6月28日(火)

ニュースから学ぶ「交渉力」

2022年6月11日

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田村次朗

慶應義塾大学法学部 教授、弁護士・米ハーバード大学国際交渉学プログラム・インターナショナル・アカデミック・アドバイザー

慶應義塾大学法学部卒、米ハーバード・ロー・スクール、慶應義塾大学大学院。ブルッキングス研究所、米上院議員事務所客員研究員、米ジョージタウン大学ロースクール兼任教授を経て現職。著書に『ハーバード×慶應流 交渉学入門』(中央公論新社)、『リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ』(共著、東京書籍)、『16歳からの交渉力』(実務教育出版)など多数。

 この連載は、『ニュースから学ぶ「交渉力」』と題して、社会の大きな出来事や身近な話題を交渉学的に検討していこうとするものである。

ウクライナ危機で、プーチン大統領にいかなる交渉がなされ、また、なされていくのか(ロイター/アフロ)

 2022年もそろそろ折り返しだが、今年前半の最も大きなニュースは、ロシアによるウクライナ侵攻であろう(以下、ウクライナ危機)。2月24日に侵攻が開始され、本稿執筆時点で(6月10日)もなお戦闘が続いている。激しい戦闘の様子や荒廃した町の様子がSNS上で拡散され、日本や欧米諸国では、ウクライナを支援する動きが広がりを見せている。

プーチン大統領が進めていた交渉の「禁じ手」

 2022年に入ってから、ロシアがウクライナとの国境付近において兵士を増強させており、ウクライナに侵攻するのではないか、というニュースが入ってきた。筆者はこのニュースを聞いた時、ロシアは「エスカレーション・アンド・ネゴシエーション(Escalation & Negotiation)」を行っているのではないか、と考えた。

 これは、米国の政治学者、ウィリアム・ザートマン教授らが唱えた考え方で、「エスカレーション」とは、軍事行動などで対立の程度が増大することを指す。一方「ネゴシエーション」とは、交渉によって対立の程度が縮小することを指している。すなわち、「エスカレーション・アンド・ネゴシエーション」とは、対立の大きくなるベクトルと小さくなるベクトルが並存している状態を意味している。

 ウクライナ危機で言えば、プーチン大統領は、ウクライナ国境付近で軍備増強を行い、ウクライナとの緊張関係を高めることで「エスカレーション」を図った。しかし、それによって同時に「ネゴシエーション」を行おうとしたのではないか、ということである。プーチン大統領は、ウクライナを交渉のテーブルにつかせ、ロシアにとって最も有利な譲歩を迫ろうとしていたのではないか。

 もちろん、このような一方的な手法は「脅し」であり、全く評価できるものではなく、交渉学一般にも「禁じ手」である。その後、ウクライナに対して軍事侵攻している事実を見れば、交渉だけではプーチン大統領が思い描いていた結果は得られないと判断したのだろう 。

 プーチン大統領の対応を分析する上で、交渉学は非常に重要な意味をもつ。それは、「NEGOTIATING with Putin」のような番組でも紹介されており、主催するハーバード大学のジェームズ・K・セベニウス氏とロバート・H・ムヌーキン氏は、いずれも世界で名だたる交渉学の大家である。番組では、プーチン大統領との交渉経験を有する歴代の米国務長官が出演し、実際にどのような交渉が行われたのかが語られ、その交渉手法からプーチン大統領の人間性を探るという非常に有益な内容になっている。

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