2024年2月21日(水)

スポーツ名著から読む現代史

2022年6月29日

 近鉄、オリックスの合併を最終的に決定するのは9月8日のオーナー会議だった。12球団選手会は120万筆のファン書名を背景に、合併の凍結、1年延期などを求めたが、その声は届かず、オーナー会議は合併を承認した。「もう一つの合併」は不調に終わり、翌年からはパ・リーグ5、セ・リーグ6の11球団でリーグ戦を行うことをオーナーとして承認した。

 ただし、球界への参入を阻害しているとして選手会が撤回を求めていた「新規加盟料」の引き下げを検討するとしたほか、パ・リーグ球団の経営問題に配慮する形で、05年シーズンから両リーグのチームが公式戦の中で対戦する「交流戦」の実施を決めた。合併が承認されたことで、選手会との対立は決定的となった。

 ストに突入するかどうかは、翌9日、大阪で開かれるNPBと選手会の代表による労使交渉「協議・交渉委員会」の結果次第となった。委員会では、選手会が改めて両球団の合併を1年凍結することなどを求めたのに対し、NPBは「交流戦の導入を踏まえた来季の影響等諸問題について具体的分析を行ったうえで速やかに回答する」と約束。選手会は「近鉄を残す可能性がある」と受け止め、同月11、12日に予定していたストを中止することにした。(同書258~259頁)。

交渉の末、ついに起きてしまった「あの日」

 労使交渉の第2ラウンドは9月16、17日、東京で行われた。初日の16日、交渉の雰囲気が前回と一変していた。<いきなり、NPBが古田に詰め寄ったのだ。「先週の記者発表のことを謝罪して欲しい。この間の近鉄が存続する可能性が出てきたという発言はどういうことですか。近鉄の合併はくつがえらないのをわかったでしょう」(略)。古田会長を怒らせようとしているのか。松原には、今日の会議の雰囲気が、とりわけそういう風に見てとれた。><NPB側から、先週約束のあったシミュレーションの内容が提示された。近鉄・オリックスが、合併した場合、しない場合、交流戦主催試合が3、6それぞれの場合を想定した1枚の表。結論は、合併したほうが赤字額が少ないという数字が書き込まれていた。><近鉄存続に一縷の望みを託した話し合いは、残す情熱を失った側から渡された1枚の紙で終息した。>(同書268~269頁)

 16日の交渉は古田らがナイター出場のため午後5時で打ち切られ、交渉は17日に再開された。交渉の焦点は、合意文書の文言をどうするか、だった。

 選手会は「新規参入の申請に、誠心誠意審査し、05年シーズンの球団数を12球団とするよう最大限努力する」ことをNPBに求めた。だが、NPB側は「今後、球団数を増やすことも視野に入れ、新規参入の申請に対し最大限の誠意をもって審査する」と文面を手直しした。

 「05年」と「12球団」の具体的な数字を排除し、球団増はあくまでも「視野にいれる」だけ。すべてをあいまいな表現にとどめようとした。

 交渉の期限を2時間延長して双方が合意作りを進めたが、NPB側は「05年シーズンに向けて球団を増やすよう最大限の努力」をするとの表現を受け入れず、交渉は決裂。選手会は18、19日の公式戦全試合でのストライキ決行を決め、12球団の選手に通知した。

 試合をボイコットした選手たちは球場入口などで即席のサイン会を開き、試合を楽しみに球場を訪れた人たちに「試合をお見せできず、すみません」と謝った。テレビ各局の夜のニュース番組をはしごした古田が、感情を抑えきれず、涙を流した。


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