2021年回顧と2022年展望

2021年12月31日

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中島章隆 (なかじま・ふみたか)

元毎日新聞運動部長・論説委員

なかじま・ふみたか 1952年長野県生まれ。元毎日新聞運動部長・論説委員。現在は立教大講師、東京プロ野球記者OBクラブ理事。月刊政策情報誌「毎日フォーラム」で2009年から「スポーツを読む」を連載している。

 2021年のスポーツ界も新型コロナウイルスの感染拡大に振り回された1年となった。

 最大のイベントであった東京五輪・パラリンピック大会。本来なら20年に開催予定の大会を、新型コロナの世界的な感染拡大のため、史上初めて開催時期を1年延期したのだが、国内での感染の波は第4波、第5波と勢いを増し、大半の競技を無観客で実施するほかない事態となった。

(turk_stock_photographer/gettyimages)

 選手たちにとっても、直前まで「本当に開催できるのか」という不安を抱えての参加だったが、関係者の努力もあって、五輪、パラリンピック両大会ともどうにか無事に予定されたプログラムを終えることが出来た。

日本社会の「劣化」を露呈も開催へ

 1964年以来、半世紀ぶりに夏の大会の開催国となった日本。2013年に五輪招致が決まって以降の9年間は、メイン会場の国立競技場の設計変更問題やエンブレムの盗作疑惑など次から次と問題が続発した。21年に入っても組織委員会会長の女性蔑視発言などトラブルが相次いで、日本社会のさまざまな側面での「劣化」ぶりを世界に露呈する結果となったが、選手たちの活躍がそうしたマイナスイメージを払拭、とまではいかないまでも、薄めてくれた。

 日本の獲得メダルは金メダル27個を含む58個と過去最多を記録した。復活した野球、ソフトボールで金メダルを獲得したほか、新競技のスケートボード女子ストリートで13歳の西矢椛(もみじ)選手の金メダルなど印象に残るシーンがいくつもあった。

 パラリンピックでも日本選手が活躍し、5年前のリオ大会ではあと一歩届かなかった金メダルを13個獲得したほか、メダルには届かないまでも五輪とは一味違った多くの感動的なシーンを心に焼き付けてくれた。

日本選手が世界で名をとどろかす

 野球の母国、米国では大谷翔平選手の超人的な活躍が米国人のハートをわしづかみにした。大リーグに挑戦して4年目。これまで相次ぐ故障と手術で不本意なシーズンが続いていたが、打って、投げて、走ってのすべての面で「二刀流・大谷」が本来の力を発揮し、一気に全米の注目を集めることになった。

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