真の狙いはシリア侵攻の青信号獲得?
だが、今回のエルドアン大統領の真の狙いは米欧の落としどころの上を行くものだった。それは「来るべきトルコ軍のシリア侵攻に青信号を得ることだった」(専門家)。大統領は5月末、トルコの安全保障地帯を拡大するためにシリア北部に近く侵攻する考えであることを表明、米国から批判されていた。
しかし、イスラエル紙などの報道によると、エルドアン氏には北欧2カ国のNATO加盟を了承する見返りとして、米欧から「シリア侵攻に青信号を得る」という思惑があった。トルコは16年以降、PKKと連携するシリアのクルド人勢力を国境地帯から一掃するため3度にわたって侵攻。シリア北部の西から中央部にかけ、100キロメートル四方の「安全保障地帯」を設置している。
シリアのクルド人勢力「民主連合党」の武装組織「人民防衛隊」(YPG)は3万人の戦闘員を擁し、過激組織「イスラム国」(IS)を壊滅させた米肝いりの「シリア民主軍」(SDF)の主力となって米軍との協力関係を維持してきた。クルド人勢力は米軍が駐留しているシリア北東部を支配しており、これがエルドアン大統領にとっては目の上のコブとなっている。大統領は侵攻によってこのコブを無力化しようと図っているわけだ。
大統領の構想としては、侵攻で現在の「安全保障地帯」を東方まで拡大して自国の安全保障を強化する一方、国内に抱えるシリア難民約370万人をこの地域に移住させるというものだ。シリア難民については財政負担が重くなっている上、治安悪化などで国民とのあつれきが高まっており、頭痛のタネだ。「安全保障の強化」と「難民の放逐」という一石二鳥がこのシナリオの眼目だろう。
しかも、移住した難民の安全や地域の治安をシリアのアラブ人過激派に委ねるというおまけまで付いている。過激派の中には国際テロ組織アルカイダ系のメンバーなども含まれており、エルドアン政権にとっては、「自らの手を汚さずに厄介な問題に対処できるという都合の良い計画」(専門家)だ。
だが、トルコ軍が実際に侵攻すれば、クルド人勢力との戦闘に発展し、米軍も巻き込まれる事態に陥りかねない。米軍はシリアの油田をISから守るという名目で500~1000人が駐留している。
バイデン政権やNATOがエルドアン大統領の軍事行動に無条件で青信号を与える可能性は小さいと見られるが、ウクライナ戦争に加え、米欧に新たな難題が持ち上がった形だ。