しかし、15日のサルマン国王との会談には皇太子が同席する予定で、人権支持派や民主党からも「殺人犯と同席するのは大きな間違い」との批判が噴出した。ホワイトハウスは防戦に追われ、大統領自ら米紙へ寄稿。サウジ訪問では人権問題を棚上げしないと約束する一方、「中東の資源が不可欠だ」などと理解を求めた。
問題はサウジが大統領の増産要請に応じるかどうかだ。サウジが主導する石油輸出国機構(OPEC)とその同盟産油国で構成するOPECプラスは先月末、現行の生産計画を維持することを決めたばかりで、「バイデン大統領の直談判で政策が大きく変更するとは考えにくい」(専門家)。訪問によるガソリン価格の引き下げは期待できず、大統領の人気挽回にはつながらない、という見方が有力だ。
中国ファクターが後押し
訪問賛成派の主張の根拠の一つが中国ファクターだ。米軍がアフガニスタンから完全撤退し、イラクやシリアの駐留軍も縮小するなど中東における米国の影響力が低下する中で、力の空白を埋めようとしているのが中国だ。サウジにとっても米国との関係が冷却化する中、大口の石油売却先である中国との関係を深めることは当然の成り行きだった。
ムハンマド皇太子はカショギ事件で国際的な孤立を深めていた19年2月に訪中、習近平国家主席と会談し、関係拡大で合意した。21年3月には王毅外相がサウジを訪問、米国を念頭に、人権問題で外国が内政干渉することに反対するとの認識で一致した。サウジは中国からの兵器購入も増やし、米紙によると、最近、習近平主席の訪問を招請したとされる。
中国がサウジを重要視しているのはエネルギー資源の確保を優先しているからだ。中国はサウジからの石油購入を拡大、21年にはサウジ石油の最大の輸入国となった。両国の石油取引をドルではなく、「人民元建て」で決済する協議も行われており、唯一の競争国と警戒する米国の危機感は募る一方だ。
バイデン大統領はことある毎に中国の脅威を唱え、中国に備えるためとして中東に配備していた軍事力をアジアに振り向けつつあるが、そのスキを中国に突かれているのは皮肉だ。このため大統領が今回の訪問でサウジと中国の関係に〝楔〟を打ち込みたいと考えているのは間違いあるまい。
「米側はイランの脅威をことさら強調して、サウジやペルシャ湾を防衛できるのは中国ではなく、米国であることをサウジ側に認識させようとするのではないか」(専門家)。バイデン氏が人権という看板に傷がつくことを覚悟の上で訪問に踏み切った背景には中国ファクターが大きかったと言えるだろう。