制裁から距離を置くインド
インドはロシアからの原油輸入増の理由は、「商業上の判断だ」と主張する。事実、ロシア産原油の約5割を輸入する欧州諸国がロシアからの輸入を段階的に停止する方針を表明したことなどから、ロシア産原油は他の主要油種より3割程度安い水準で売られている。14億人超の人口を抱え、エネルギーの一大消費国であるインドが安いロシア産原油の購入を増やすことは、十分理由があることだ。
ただ、インドの動きには、さまざまな政治的な配慮も伺える。旧ソ連時代から、ロシアとは独自の友好関係を維持してきたインドは、ソ連崩壊後も緊密な関係を維持しており、軍事面では武器輸入額の約4割がロシア産兵器が占めている。ロシアによるウクライナ侵略をめぐっても、インドは早期停戦を訴えるものの、直接的なロシア非難を避けるなど、ロシアへの配慮が際立っている。
モディ政権は米国、日本、豪州との、4カ国による外交・安全保障の協力体制「クアッド」に参画するなど対米関係を重視する姿勢を見せるが、今回の欧米諸国による対露制裁のように、自国の国力減退につながりかねない国際的な枠組みには参加しない立場で固辞する。
背景には、中国への警戒感がある。インドはかつて、米国による対イラン制裁が発動された際にイラン産原油の輸入を停止した経緯があるが、その際に中国が原油を購入し続け、結果としてインドは中国に水をあけられた。インドは中国との間で、カシミール地方の領有権などをめぐり対立しており、中国を利するような第三国への制裁への参画には強い拒否感がある。
隣国のスリランカでは、外貨不足に原油高による物価高騰などが追い打ちをかけて経済危機に陥り、大統領が国外逃亡する事態に陥った。そのような事態を目の前にして、インドが自国のエネルギー調達をリスクにさらす対ロシア制裁に同調することは困難だ。さらに、ロシアと対立関係に陥れば、カシミール問題をめぐり中国とロシアが接近する事態を引き起こしかねない。
効力を強められない制裁の実態
このようなインドの対ロシア接近が、どこまでロシアの利益になっているかは議論がある。現在、ロシアの代表的な油種「ウラル原油」は、国際指標の北海ブレントより3割安い状態が続いている。ロシア産原油の輸入を増やしているインドや中国などは、さらに安い価格で買いたたいているとの見方もある。インド経由でロシア産原油が世界で消費されても、ロシアが手にする輸出収入には相当の制限がかかっているのが実態だ。
そもそも、インドとロシアの間には原油パイプラインが存在しない。アフガニスタンやパキスタンなどを経由して運ぶことのリスクが高すぎるからだ。インドによるロシア産原油の輸入がもともと少なかったのは、タンカーで原油を運ぶことのコストが極めて高いことが背景にある。
それでも問題なのは、欧米が輸入を削減しても、不透明な別ルートでロシア産原油が輸出されうるという事実だ。欧州連合(EU)は今年末までに、ロシア産原油の輸入を9割削減する方針を決めているが、その結果、値段が安くなり、第三国が欧州による需要減を穴埋めするほどロシア産原油の輸入を増やし、それを精製したうえで欧州に輸出するのであれば、制裁の効力は極めて限定的になる。
さらに、ロシア産原油の輸入を増大させているのはインドだけではない。20年時点でロシアによる輸出の3割弱を占めていた中国も輸入を増やし、トルコも輸入量が増大している実態が判明している。
ただ、このような状況の責任をインドや中国だけに負わせることはできない。欧州は今後、輸入量を減らすとはいえ、現時点ではロシアの主要原油輸出先であり、天然ガス分野での制裁は方向性も依然決まっていない状況だ。