結局、20年の通常国会は種苗法の改正案を審議しないまま閉会。11月に臨時国会でようやく審議を始め、12月に可決した。そして22年4月、ほとんど世間の耳目を集めないまま、完全施行された。
種苗法の改正に対する反対運動は、消費者の単なる勘違いという面も大きい。しかし、それだけで片づけることはできない。元農相やJA組合長らが積極的にかかわっていたからだ。彼らの言動は、種苗法の成立から20年以上がたっても、農業界において知的財産の重要性を無視した主張がまかり通ることを印象付けた。
さらに問題なのは、反対運動が盛り上がったことで、育成者権の強化という改正の目的が、都道府県の農政において看板倒れに終わったことである。
許諾手続きが骨抜きに
改正種苗法の完全施行に伴い、農研機構や一部の都道府県が育成者権を持つ品種では、自家増殖のために許諾の手続きや許諾料が必要になっている。ただし、多くの都道府県は、従来と同じように手続きも許諾料も求めていない。
法改正の変化が大きいのは、農研機構が単独で育成した登録品種だ。次のように3つのカテゴリに分けて対応している。
許諾手続きが必要だが許諾料は無償:サツマイモ、イチゴ、ジャガイモ、茶
許諾手続きが必要で許諾料が有償:果樹(ブドウ、カンキツ、カキ、ニホンナシ、クリ、リンゴ、モモなど)
許諾を得るには、農業者または生産者団体といった「とりまとめ団体」が、農研機構のホームページにある申請フォームから許諾手続きを行う。許諾料のかかる果樹は、1本あたり農業者個人の場合は100円(税込)、とりまとめ団体の場合は50円(税込)となっている。
果樹で許諾料をとる理由を、農研機構はこう説明する。
「品種のブランド価値を守り、国内の生産者が品種のメリットを最大限享受できるよう、育成者権の適切な管理を行うためのコストの一部として、これまで種苗を購入する際に負担いただいていた許諾料と同等の水準の許諾料を、自家用の栽培向け増殖本数に応じて負担いただくこととしました」(「農研機構育成の登録品種の自家用の栽培向け増殖に係る許諾手続きについて⦅農業者向け⦆」)
都道府県の対応はというと、基本的に自家増殖を無償としている。JAグループの機関紙「日本農業新聞」は、果樹の産出額上位10県を調査しており、「農家の負担増を防ぐため、許諾料は10県全てが県内の農家に限って原則無償とする。許諾手続きも6県が不要とした」と伝えている(22年4月1日「改正種苗法が完全施行 果樹上位10県『自家増殖』許諾料を無償に」)。
許諾料を求めない背景には、産地を振興するために育種をしている立場上、農家に新たな負担を求めにくいという事情がある。
加えて、反対運動が盛んだった時期、自家増殖のための費用や作業の負担が生じることに難色を示すJA関係者がいた。組合員には零細農家が多く、費用の負担を嫌がられる可能性が高いからだ。
JAの事務負担が増えることへの不満もあった。育成者に許諾を求める手続きについて、農水省としてはJAがとりまとめることを期待していたからだ。書類提出による許諾申請すら求めない都道府県が多いのは、そうした不満を踏まえてのことでもあるだろう。
結果、無断流出に歯止めをかける種苗法を改正した目的は、現場の運用においてほぼ有名無実となってしまった。