2022年11月26日(土)

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2022年9月7日

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田部康喜 (たべ・こうき)

コラムニスト

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 21~22年冬――。屋根の雪下ろしと、家の周辺の雪の片づけは大変な作業である。積雪は2メートルに及ぶ年もある。

 友治さんには、周辺地域の雪の片づけをする、深夜午前1時から明け方までの作業もある。このために、重機を操縦する大型免許も取得した。

友治さんが下した決断

 これからの暮らしをどうするか。友治さんは悩み始めていた。

 「家の改修。農地もイチから作って頑張ってやってきた。それからは、やり切った感を感じてしまって。社会の中でしか、生きられないというのもあるし、わからなくなった。ワークバランスを崩してしまった」と。

 子どもたちの成長もまた、夫婦の理想の在り方との関係から悩みが生じてきた。

 日々貴さんには、携帯の電波が届くギリギリの地点までクルマを走らせて、アニメを30分だけ見せるようになった。

 郁代さん 「(子どもたちに)YouTubeを見せるよりは、一緒に料理をしたい。けど、(子どもたちの趣味を)無視するのも苦しそう。子どもが楽しいと思うようにしたい」

 郁代さんと、兄妹は味噌づくりに取り組む。麹も自分の田で採れた米から作ったものだ。

 2022年春――。友治さんが、集落の外の森林などで活動することが増えていた。精神的なストレスである。こうしたなかで、彼が決断したのは、国有林の管理という仕事の面接にいってみようということだった。

 「からだひとつで暮らす考え。いま、その理想といまの理想は変わってきている。家族もできて。そこまで理想を追い込むこともない」と。

 隣の集落の消防団の団員にもなった。

 「僕もしばられずに、いろいろとやらせてもらって、ここでの暮らしも自分で選んだ場所なので。(子どもたちに)幸せになって欲しいけど、それは僕が作るんじゃなくて、自分で見つけてほしい。その機会をいろんなとこで、与えてあげられればいいな」

 友治さんは、志望した国有林の管理の仕事に内定をもらった。

 郁代さん 「もう大丈夫ですね?」

 友治さん 「大丈夫でしょ」

 筆者はいま、浜通りの町が新たに建設した、共同住宅の入居者募集の見学会に参加してみようと思っている。友治さん一家のように、住んでみなければわからないことは多い。震災地に住んでみることから何がみえるか。

  
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