2024年11月22日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年10月3日

 これに対して中国は、そもそも新疆問題は民族・宗教・人権問題ではなく、「テロ・分裂主義・極端主義」に反対する問題であり、治安維持の観点から問題人物を予防的に隔離し「中華民族共同体意識」を注ぎ込むことは、それこそ「人民」を主語として「安定」と「発展」を目指す「中国の人権」に合致するのだと開き直り、そもそも西側諸国は人権問題を論じる資格がないという趣旨を大音量で繰り返した。

 例えば、奴隷貿易・人種差別・先住民族排除・疫病による大量死・銃規制問題・イラクやアフガンなど対外戦争による悲劇といった問題を解決できない米国や西側諸国には「人権の教師面」をする資格がなく、むしろ自らの人権問題を調査して自己批判せよ、という(中国外交部7月12・18日記者会見)。また、米国や西側諸国による新疆への経済制裁の結果、新疆がグローバルな供給網から切り離されて失業が生じかねないことから、中国外交部は「西側がジェノサイドという嘘に名を借りた強制的失業・強制的貧困を引き起こしている」という「逆批判」をしている(中国外交部7月6・12日記者会見)。

 また中国は、新疆問題で中国を支持する「国際社会の正義の声」を強調している。国連人権理事会では6月14日、キューバをはじめ約70カ国が、「新疆問題を口実にした中国への内政干渉」に反対したほか(中国外交部6月15日記者会見)、7月には約1000の中国内外の非政府組織がバチェレ氏に宛てて、新疆報告書の公表に反対する書簡を送った(中国外交部7月28記者会見)。8月上旬、中国は約30のイスラム国家在中外交団を新疆に招き、「人民を中心に発展し各民族が団結する新疆政策の成功」が賞賛されたとした(中国外交部8月8日記者会見)。

 それでも中国は不足を感じたのであろうか、さまざまな国の外交官に対し、新疆報告書公表阻止のための圧力を強める依頼をしたものの(中国外交部7月20日記者会見はそれをフェイクニュースだとする)、バチェレ氏は8月25日、あらゆる方面からの多大な圧力にもかかわらず報告書の公表方針に変わりはないと強調した(ロイター、8月26日)。焦りを強めた中国側は、「人権高等弁務官は客観公正かつ政治的でない仕事をすべきで、米国など少数の西側勢力が画策した騒ぎをうけた所謂新疆報告を出すことに断固反対する」と釘を刺した(中国外交部公式HP、8月31日)。

ついに発表された新疆報告書とその内容

 こうした激しい駆け引きの末、バチェレ氏が退任する8月31日24時の直前に、新疆報告書が公表された。その内容は、2017年に新疆で深刻な事態が生じて以来複数のルートを通じてリークされた新疆当局などの公文書と、強制収容から逃れることが出来た人々への詳細なインタビュー内容、そして中国当局から提供された情報や概念説明を総合的に勘案して作成されたものである。

 筆者が報告書全体を読んで得た印象は総じて、これまで明らかになっている新疆での弾圧の全容を改めて体系的に概観して問題点を集約するものであり、とりわけ発生原因を考える上で重要な中国側の論理を明らかにすることに重点が置かれている。以下は筆者による大略である。(数字は小節を表す)

 19-24. 中国がいう「社会の安定への危害」に関わる行為の定義が不明確なため、国際人権法が保護する合法的な範囲内での抗議や主張、及び宗教信仰の範疇の行為までもが「テロ活動」「極端化」扱いされている。例えば文化的な余暇活動や、髭を生やすこと、当局の放送を視聴しないことまでも、十分な吟味なく「極端主義」で「破壊的」とされ、国際的な法解釈からかけ離れており、法的不確実性をはらむ。
 34-35. 中国当局による法的統制力は極大で、それが本当に必要なのか、基本的自由の観点から比較検討されるべきである。反テロ法規システムは、個々人にとってセーフガードが限られ、当局は多大な解釈の余地を与えられる中で運用されている。
 42-52. 中国政府は職業転化センターについて、学員が毎晩帰宅出来、食事も待遇も良く、人々が継続的に出入りするダイナミックなもので、外部の批判はあり得ないとする。しかし収容経験者は収容理由の説明を受ける権利もなければ、一時帰宅する権利もなく、収容期間も告げられず、銃や電気警棒で武装した人々に監視され、政治的再教育に重点が置かれている。大規模にエスニック・信仰・文化アイデンティティを変えるセンターは、自由に対する著しい侵害の場である。
 83-91. 宗教信仰をめぐる自由権は緊急事態においてすら尊重されるべきだが、新疆では一般的なイスラム思想と行動が「極端主義」とされ、弾圧が繰り返されている。
 146-149. 新疆の事態は人道に対する顕著な罪で、国際犯罪である。新疆の人権状況は国際社会によって緊急に注目されるべきである。

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