2024年12月5日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2022年10月12日

 北大西洋条約機構(NATO)事務総長、欧州連合(EU)外交・安保上級代表を歴任したハビエル・ソラナ元スペイン外相が、9月1日のバイデン演説に注目し、米国内の分裂が米国民主主義の危機をもたらし、国際社会の安定にも悪影響を与える恐れがあると、2022年9月22日付のProject Syndicate で述べている。

DVIDS

 南北戦争前の1838年の「ライセウム演説」で、リンカーンは、もし米国の没落が起こるとすれば、それは外からの脅威ではなく内部の分裂の結果であろうと予言した。歴史の重要な局面で米国の指導者たちが抱いた恐怖が再び登場している。9月1日、バイデン大統領は、フィラデルフィアの独立記念館で演説を行い、米国の民主主義に対する懸念を示した。

 米国は世界を指導する大国であり、そこで起こることは世界全体に影響する。米国が安定していなければ、人類が直面する緊急課題に効果的に対処できない。

 今日、米国の民主主義制度、特に選挙制度の正当性が危機に瀕している。

 トランプ主義が米国政治に定着することを危惧する声もある。トランプ主義は、保守派が政権を固めることに成功しなければ、根付くことはできなかった。2008年のオバマ大統領の選出後、共和党は10年の中間選挙で11の州議会で多数を取り返した。

 ただ、トランプ主義は無敵ではない。最近、アラスカ州下院の補欠選挙で民主党が共和党に勝利したことは、伝統的に共和党優勢の州でもトランプのポピュリストを倒せることを示した。しかし、これを広く再現するためには、バイデンは、民主党と穏健派共和党を団結させなければならない。

 また、民主主義の多数派を構築するだけでは、民主主義を救うには十分ではない。米国の政治制度の強みは、行政、立法、司法の権力分立である。しかし、保守派が多数を占める最近の最高裁判決は、司法全体の権威を疑わせた。

 1カ月前、バイデンは歴史学者を大統領府に招き、米国社会の現状を分析させた。その結論は、政治的分極化が米国民主主義を崩壊に導いているというものだ。最大の脅威は国内の分裂であるとしたリンカーン演説は、今も真実味を帯びている。

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 9月1日、バイデン大統領は、フィラデルフィアの独立記念館で行った「国家の魂をかけた戦いの継続」と題する演説で、トランプ派を民主主義の根幹を脅かす過激派と非難し、主流派であるべき良識派共和党員と無党派層に民主主義を守るための共闘を呼び掛けた。

 トランプ派が、憲法や法の支配を尊重せず、自らに不利な選挙結果を受け入れず、理念も良識もないポピュリスト権威主義である等の批判は、これまでも散々ジャーナリスト等により繰り返された。従って、この演説に対する評価も、国内の団結と分断解消を訴えて当選したバイデンがトランプ非難に踏み切った背景を、中間選挙、または次期大統領選挙に向けてでの党派的な戦術として論ずるものが多い。

 それに対し、このソラナの論説は、バイデン演説とリンカーンの1838年の演説との類似性を指摘し、改めてトランプ主義が米国にもたらし得る歴史的危機と国際社会に与える深刻な影響について警鐘を鳴らすものである。


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