2024年4月19日(金)

Wedge SPECIAL REPORT

2022年10月21日

個人消費の活性化のために
政府が取り払うべき「壁」

 岸田文雄政権はガソリン代の支援に加えて、電気代の直接支援に乗り出す。小麦価格も据え置き、パンなどの値上がりを防ごうとしている。国内総生産(GDP)の半分以上を占める消費が腰折れしてしまっては、日本経済が失速してしまうので、こうした家計のテコ入れ策を否定するつもりはない。

 ただし当たり前のことながら、消費の原動力は家計自身の所得であって、補助金など政府による一時的なつっかい棒ではない。とりわけ第1分位や第2分位の世帯について、所得そのものの底上げが重要な課題になってくる。

 こういうと、政府からは時給1000円に向けた最低賃金引き上げに力を注いでおり、22年の最低賃金は全国平均で前年比31円増の961円になった、との反論が返ってきそうだ。事実、人手不足を映して派遣やパートなど非正規労働者の賃金も上昇傾向にある。ならば時給の上昇に伴い、非正規労働者の年収は増えているのだろうか。

 残念ながら答えはノーである。1997年を100としたパート労働者の「時給」は2021年には130近辺まで増加した。ところが「年収」は105くらいまでしか増えていない。時給と年収の伸びのギャップを解くカギは「労働時間」の短縮である。1人当たり月間総実労働時間は80近辺まで減ってしまったのである。

 もう十分に収入が増えたので、パート労働者は働く時間を短くしたのだろうか。いやそんなことはない。ここで出てくるのが税や社会保険料の負担という「壁」である。年収が税や社会保険料の負担の対象外に収まるように、自らの労働時間を調整するパート労働者が多く存在するのである。

 家計を支えるために働く女性は増えたが、どのくらいの割合で就業調整が行われているかを、野村総合研究所がアンケート調査した。それによると、配偶者のいる女性のパート労働者の実に61.9%が、働く時間を抑える就業調整をしている。年収103万円を超えると所得税を、106万円に達すると社会保険料を支払わなければいけなくなるため、そうなる前に働く時間を抑えているというのだ。

 こうした年収の「壁」が取り払われるなら、年収が増えるようにもっと働きたいか。そう問うと、「とてもそう思う」が36.8%、「まあそう思う」が42.1%と、合わせるとおよそ8割の人が労働時間を増やすと回答した。

 壁を越えるとドンとのしかかるのは、税金より社会保険料の負担だ。年収104万円の場合、所得税負担は年500円くらいだが、年収106万円以上になるとおよそ年15万円の社会保険料負担がいっぺんに降りかかる。

 つまり年収106万円まで働くと、手取りはかえって年90万円余りに減ってしまうのだ。この「働き損」の解消こそが重要な政策課題になってくる。年収の「壁」がなくなれば、家計の収入が増えるうえに、企業の人手不足が緩和され、生産、所得、消費の拡大が実現する。

 例えば、その社会保険料の一定部分を財政資金で補填すれば、年収の「壁」はずっと緩和されることになる。財務省は財政負担を嫌うだろうが、労働時間の増加に伴って、家計の所得や消費が増えていけば、その分の所得税や消費税の税収で元は取れるだろう。

 「壁」の突破は、将来の実入りに期待する先行投資と言い換えられる。働く人を重視する「新しい資本主義」を掲げる岸田政権にふさわしい政策といえるのではあるまいか。

 円安で日本は生産や輸出の場として競争力を回復しつつある。その機会をとらえて、日本に投資を呼び込む戦略も欠かせない。


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