日本はもはや高賃金の国ではない。ドル換算の平均賃金をみても、21年には日本が4万489㌦、韓国が3万7196㌦だった。前提となる21年平均の対ドル相場は、円が109円75銭、ウォンが1143.95㌆だった。
ところが22年7月の平均では、136円72銭、ウォンは1307.95㌆。対ドルでの下落幅は円の方がウォンよりもはるかに大きい。22年7月の対ドル相場で日韓の21年の平均賃金を計算し直すと、日本が3万2503㌦、韓国は3万2532㌦と、僅差ながら日本が韓国を下回る。日本貿易振興機構(JETRO)はそう試算する。円安による日本の賃金低下を嘆くよりも、賃金コストの面で国際競争力を増したととらえるべきだろう。
外国企業の直接投資に頼るばかりが能でない。日本企業が海外で蓄積した内部留保を、国内に引き戻せないか。経済産業省によると海外子会社の内部留保は20年度末時点で37兆5677億円。北米に10兆8006億円、アジアに19兆3066億円を保有している。
増え続ける巨額な内部留保の国内還流を促すには、企業にインセンティブを与えることが欠かせない。利益を日本に戻す際に、課税されては企業にとって元も子もないからだ。そこで、海外子会社の内部留保を日本に還流させた場合に、税の優遇を講じるのが「リパトリ(本国への資金還流)減税」である。
日本でも海外からの受取配当の95%を非課税とする制度が採用されている。ここではさらに一歩を進めて、配当の全額非課税化、資金を還流した際の源泉徴収免除の拡大を求める声もある(9月28日付『日本経済新聞』朝刊、大機小機欄)。米トランプ政権が恒久措置として海外からの受取配当を非課税としたことなどを踏まえた提言だ。
原子力の最大活用を進め
日本の産業を後押しせよ
経済安全保障の観点からサプライチェーン(供給網)の意識が高まり、重要産業の国内シフトが進んでいることも、こうした投資の国内回帰を促すことになろう。ただ、その際に障害になりかねないのは、「エネルギーの壁」だ。電力コストの上昇や電力の需給逼迫といったエネルギー環境の厳しさは、円安のメリットを帳消ししかねない。
今年の夏は老朽化した火力発電所の再稼働でなんとか乗り切ったものの、今度の冬の電力需給は一段と綱渡りとなる。電力の供給不足をお願いベースの節電で乗り切るような手法は、エネルギー政策の名に値しない。事態の打開には原子力発電は避けて通れない。
岸田政権は原子力の最大限の活用を打ち出した。原子力発電所の再稼働であり、原発の新増設であり、次世代原子炉の開発である。当面の課題は原発の再稼働であり、政府は地元自治体への説得に全力を尽くすときである。
資源価格の上昇と円安で日本からは巨額の所得が流出する。貿易条件の悪化による所得の流出(交易損失)は、内閣府によれば4~6月期には年換算で15兆4867億円。これは資源輸出国に取られる税金のようなもの。本腰を入れたエネルギー政策で日本の産業を後押しすることなしには、賃金と物価の好循環を実現させるのは難しい。
賃上げはまず企業努力だが、政策による後押しは極めて重要だ。政府が一歩乗り出して、「ヒト・モノ・カネ」を動かし、賃上げを実現する。的を絞った経済政策の出番である。
バブル崩壊以降、日本の物価と賃金は低迷し続けている。 この間、企業は〝安値競争〟を繰り広げ、「良いものを安く売る」努力に傾倒した。 しかし、安易な価格競争は誰も幸せにしない。価値あるものには適正な値決めが必要だ。 お茶の間にも浸透した〝安いニッポン〟──。脱却のヒントを〝価値を生み出す現場〟から探ろう。