「才能よりも縁を重視」の不安
経済運営を直接舵取りする重責を担うのが首相だ。初代首相の周恩来から、行政と経済運営の実務を担ってきた。また、トップに意見できる数少ない存在として、政治を安定化させるバランサーという重要な役割もある。習近平体制以後、総書記への権限集中が進んだとはいえ、今なおこの構図は変わらない。この1年を見ても、不動産危機と経済減速の対策を指揮しているのは、李克強首相である。
来年3月に、李克強に代わり、首相に就任するのが李強だ。浙江省の地方政府でキャリアを積んできた叩き上げだ。習近平が浙江省トップだった時代に知己を得て、その後ロケット出世を続けた。
浙江省、江蘇省、上海市と地方政府トップを経ているが、中央政府での職歴はない。歴代の首相は副首相としてキャリアを積んできた。巨大な官僚機構である国務院(中央省庁)を切り盛りするには十分な経験が必要だったためだが、李強は初めて副首相のキャリアも、それどころか中央省庁での経験もない状況での首相就任となる。
近年の首相経験者を振り返ってみると、朱鎔基、温家宝、李克強と、歴代の首相はいずれも経済と実務に強いテクノクラートであった。地方政府叩き上げの李強とはまったく異なる路線だ。
今回の人事でパージされた李克強、汪洋、胡春華はいずれも首相候補として目されていたが、いずれも熟達したテクノクラートであり、首相向きという人物評があったためだ。最有力候補と目されてきた胡春華は16歳で北京大学に入学し、若き頃より才覚を認められていた人物である。一方の李強は寧波地区農学院の出身で、習近平と出会うまでは目立った活躍をしていない点でも対称的だ。
首相向きの能力を持つ人物がことごとく団派だったことには理由がある。中国共産主義青年団(共青団)はテクノクラートを発見し、選抜し、鍛え上げる機関として機能していた。ゆえに団派には実力派官僚がそろっている。こうした逸材らを放逐した後、国政を回せるのだろうか。
また、習近平総書記の経済ブレーンと言われるのが劉鶴副首相。「経済皇帝」との異名を取り、過去20年にわたり経済政策の第一線で活躍してきた人物だ。劉鶴副首相に代わり、このポジションにつくのが何立峰・発展委員会主任である。福建省の地方官僚だったが、その際に習近平の部下となったことが縁になり、14年から発展改革委員会でのキャリアを積んでいる。
何立峰は経済学博士(泉州市市長時代に取得)を持ち、また発展改革委員会のキャリアもすでに8年を数えるとはいえ、若き日より経済学者として高い声望を得ていた劉鶴の輝かしい経歴とは比べものにならない。
中国は過去30年間にわたり右肩上がりの成長を続けてきた。しかし、その道のりは順風満帆だったわけではない。経済、外交、あるいは感染病といった危機に見舞われながらもどうにか切り抜けてきたが、朱鎔基、呉儀、王岐山といった実務派官僚が最前線に立ってきた。
過去10年の習近平体制と比べても、次の10年ははるかに難易度の高い国政運営が求められることになる……のだが、才能ではなく、子飼いを優先した体制で果たして乗り切れるのか。今回の人事で後継候補が選ばれなかったことを考えると、習近平総書記は少なくとも4期目、2032年まではトップの座を渡さない心づもりとみられる。
だが、長期政権が続けられるのはあくまで安定した統治、経済、外交が前提だ。習近平と政策面で対抗できる実務能力を持った人物が一掃された結果、これからの中国はブレーキを踏めない車と同じ。ゼロコロナ、経済政策、台湾問題など難問が立ちはだかる今後を切り抜けられるか。習近平の権力はきわめて盤石なものとなった。だが、それは中国の安定を意味するものではない。
日中国交正常化50年、香港返還25年と、2022年は、中国にとって多くの「節目」が並ぶ。習近平国家主席が中国共産党のトップである総書記に就任してからも10年。秋には異例の3期目入りを狙う。「節目」の今こそ、日本人は「過去」から学び、「現実」を見て、ポスト習近平をも見据え短期・中期・長期の視点から対中戦略を再考すべきだ。。
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