2022年12月9日(金)

WEDGE SPECIAL OPINION

2022年10月22日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

明海大学外国語学部教授

日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。
 

エルブリッジ・コルビー氏は米国を代表する戦略家であり、トランプ前政権で国防戦略をとりまとめ、ペンタゴンの最優先課題を対テロ戦争から中国との戦略的競争に切り替える上で中心的な役割を果たした。政権を離れた後も、米国が中国との競争に勝つためには、拡大を続ける人民解放軍の能力を効率的に無力化することに資源を集中的に投資する必要性があると積極的に発信している。

 幼少期を日本で過ごしたコルビー氏は、日本人に対しても安全保障に関してより現実的に考えることを求めている。それは、中国による台湾侵攻によって日本列島も攻撃を受ける可能性が高まっているからだけではない。人民解放軍が戦力投射能力を高める中、中国がアジア、そして太平洋で覇権を打ち立ててパックス・シニカ(中国の平和)を実現すれば、日本も中国の政治的影響下に置かれてしまうからである。

 中国の国力が米国と肩を並べるようになる一方、米国は中国との競争に必要な資源をアジア以外で浪費している。米国はロシアとウクライナの戦争に直接介入はしていないものの、膨大な額のウクライナ支援をし、北大西洋条約機構(NATO)の強化にも注力している。コルビー氏の持論は欧州の安全保障は欧州に任せ、米国は最大の挑戦者である中国に全力で向き合うべきというものである。米国が欧州に関心を奪われている間にも、中国は着々とアジアでの覇権を確立しようとしているからである。

 中国の覇権を阻止するために、コルビー氏は日本が自らの防衛力を強化することで日米同盟を揺るぎないものにしなければならないと考えている。日米と共にクアッドを形成する豪印や、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)などとの安全保障協力の必要性を否定するわけではないが、いずれも潜在的能力や戦略的関心の面で日本に代わる米国のパートナーになることはできない。日本だけが、アジアにおける米国の真の同盟国になれるというのである。しかし、これまでのように国内総生産(GDP)の1%程度の防衛費では、日本は自国の安全を保つことも、米国の期待に応えることもできない。むしろ、米国民を失望させ、同盟を弱体化させてしまう。

 しかも、日本に残された時間はわずかであるとコルビー氏は警告する。米国の情報機関の見立てでは、中国の習近平国家主席は2027年までに台湾を侵攻する能力を整えるように人民解放軍に指示を出したとされているが、侵攻の決断を下したわけではない。むしろ、非軍事的手段による台湾統一を優先している。しかし、27年は習近平主席の3期目の最終年であり、大きな成果が求められる年である。また、人民解放軍の建軍100年という節目の年でもある。米中の経済力が逆転することも予想されており、習近平主席に台湾への武力侵攻を決断させないため、日本も防衛力を急速に強化し、抑止力を高める必要がある。

 習近平主席は、ロシアによるウクライナ侵略から多くの教訓を学んでいるはずである。国際社会は侵略行為を強く批判したが、ロシアに制裁しているのは欧米諸国が中心で、アジアでは日本や韓国、シンガポールを除いて多くの国が慎重な姿勢を崩していない。国際経済における中国の比重の大きさを考えれば、中国は経済制裁を恐れることなく台湾への武力侵攻に踏み切れると結論づけるかもしれない。

 一方、ロシアの軍事侵略はウクライナの激しい抵抗に遭い、当初の目的を達成できていない。この事実は台湾人を勇気づけており、中国が台湾に侵攻するとしても台湾人の抵抗を考慮せざるを得ないだろう。しかし、ウクライナの抵抗を支えているのは主に欧米諸国からの武器や弾薬の支援である。米国は台湾への武器供与を加速化させようとしているが、中国としては米国の支援によって台湾の自衛能力が高くなる前に武力侵攻を前倒しする方がいいと考える可能性がある。

 さらに、中国は全面的な武力侵攻以外の手段によって台湾に圧力をかけることができる。ペロシ米下院議長の訪台に強く反発した中国は、直後に台湾周辺で事実上の海上封鎖演習を実施した。このような演習は短時間で準備できるものではなく、以前から計画されていたことは間違いない。台湾封鎖が演習の名目で頻繁に繰り返されるようになるとすれば、限りなく黒に近いグレーゾーン事態となる。

中国はペロシ米下院議長の訪台に強く反発し、直後に台湾周辺で事実上の海上封鎖演習を実施した (HANDOUT/GETTYIMAGES)

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