原価が決まっていないから
価格競争にはならない
日本には大手旅行代理店などを含めた旅行業者は1万社以上ある(20年4月1日時点。観光庁調べ)。旅行代理店の多くは、宿泊施設や交通機関から商品(部屋や座席など)を割安に仕入れ、他社よりも「安く」大量販売するというビジネスモデルが本流だった。
昨今ではOTA(オンライン・トラベル・エージェント)が台頭しているが、同じようなビジネスモデルであることが少なくない。つまり、コンテンツ制作力よりも「価格」が優先とされる。だからこそ、エクスぺリサスの出番も増えてくるというわけだ。
欧米やアジアではどのような形で富裕層に特別な体験が提供されているのだろうか。
「日本と異なり、もともと階層がはっきりしていることで、ターゲットを絞ったコンテンツの提供がしやすいという背景があります。また、年に1、2回はバカンスをとるというカルチャーもあるので、提供する側も顧客のニーズを理解し、次々と新しいコンテンツを提供することができるという好循環が生まれます」
丸山さんは、このビジネスの醍醐味は「これまでになかった仕組みをつくること」だという。表面的には見えていなかったニーズとシーズをつなぐということだ。エクスぺリサスが提供するコンテンツ自体も、マスに提供できるものではない。だからこそ大々的にプロモーションを打つ必要もない。
「例えば、美術館を夜間貸し切ったとします。しかし、入館料と違いそこに原価はありません。実施したことがなかったことをするわけですから。価格競争が生まれることもありません。われわれ企画を考える側と、リアルコンテンツを提供する側でレベニューをシェアすることができると同時に、ユーザーには満足いただけるだけの特別な体験を提供することができます」
そもそも、存在しなかったサービスをゼロからつくるのだから、値決めも提供者次第だ。
「来春に向けてすでに予約が入りはじめています。この間も、新しいコンテンツづくりを進めてきました。例えば、広島県尾道市では、『ディナーホッピング』といって、知る人ぞ知る地元のレストランの一押しメニューだけを食べ歩くことができるというプランを開発しました」
新型コロナに伴う規制の緩和がさらに進めば、集客を増やすことができるという確信が、丸山さんの声色からひしひしと伝わってきた。
バブル崩壊以降、日本の物価と賃金は低迷し続けている。 この間、企業は〝安値競争〟を繰り広げ、「良いものを安く売る」努力に傾倒した。 しかし、安易な価格競争は誰も幸せにしない。価値あるものには適正な値決めが必要だ。 お茶の間にも浸透した〝安いニッポン〟──。脱却のヒントを〝価値を生み出す現場〟から探ろう。