日本にとって「あの戦争」は侵略戦争でもあり、自衛戦争でもあった。戦後「自虐史観」が蔓延し、侵略戦争の側面のみが教育の場で強調されたことは決して健全ではなかった。他方、「侵略戦争は濡れ衣」と目くじらを立てるのも、国際政治の冷徹な現実を理解していないと言わざるを得ない。両側面から20世紀前半の歴史を検証することで、はじめて将来への教訓を得ることができるだろう。
麻田貞雄・同志社大学名誉教授は、原爆投下をめぐる日米の教科書を比較し、その質の差を指摘している。日本の教科書の中には、1945年8月に2発の原爆が落とされ戦争が終わったとし、どの国が原爆を投下したのかさえ書いていないものがあるという。一方、アメリカの教科書では、原爆投下について、戦争を早期に終結するために必要だった、原爆投下は不要だったが戦後のソ連との関係で優位に立つために使用した、日本人に対する人種的偏見から投下した、など複数の解釈を列挙し、読者にどれが最も説得力があるのかを考えさせるようになっている。
日本では歴史と言えば年号を覚えることと思われがちだが、本来歴史とは1つの史実に複数の解釈があることを学ぶ学問である。日本の歴史教育も、単一的な解釈を押しつけるのではなく、様々な解釈を教えるべきだろう。
自民党は、見解が分かれる歴史上の出来事を説明する際、複数の見解を紹介すれば生徒らが混乱するため本文には掲載しないよう、教科書検定基準の見直しを求めていく方針だという。果たして、それで日本とアジアの未来を担う若者が育つだろうか。是非再検討してもらいたい。
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