今回の事故と過去の惨事の3つの共通項
筆者が上述の韓国外交筋と会食したのは、ソウル雑踏事故の翌日だった。今後の推移を尋ねる彼に、筆者は「事件の原因や因果関係とは関係なく、マスコミやネットが政府や警察の不手際を攻め立て、それに左翼が便乗してキャンドル集会を開き、尹錫悦政権を追い込んでいくでしょう」と答えた。
凄惨な事件や事故が起きれば、その原因を解明し、不具合を改善し、被害者に相当の補償を行うことは当然のこと。しかし、韓国社会はそれだけでは収まらない。すでにソウル雑踏事故が第2の狂牛病騒動・セウォル号沈没事故となる予兆が現れているので、列挙してみよう。
まず、1点目は政府責任論の登場だ。尹錫悦大統領は就任後、大統領官邸を青瓦台から龍山に所在する国防部の旧庁舎に移転した。事故が起きた梨泰院と龍山は隣接する地域で、龍山には18年まで在韓米軍司令部が置かれており、梨泰院は軍の街として独自のカルチャーを形成してきた。
尹大統領は公約である、権威的な「帝王的大統領」からの脱却を図るため、王宮跡に建てられた青瓦台から移転したわけだが、野党「共に民主党」のシンクタンク「民主研究院」の幹部は事故の翌日、「原因は尹錫悦大統領の意向によって青瓦台が移転したからだ」として、尹錫悦大統領などの辞任を要求した。
主張は少し理解に苦しむ。移転に伴い龍山で繰り返される集会・デモの警備に警察官が割かれたので、梨泰院の雑踏警備が手薄になったというのが趣旨のようだ。
2点目は、警察の迷走だ。警察庁長官が報告を受けたのが事故発生から2時間後、登庁して幹部会議を開催したのが4時間後だったと報じられると、驚くことに警察庁は梨泰院を担当する龍山警察署の署長とソウル地方警察庁の当直責任者を捜査するとして、11月2日、それぞれを家宅捜査した。筆者は、仮に警察内部での情報共有や報告体系に不備があったにせよ、これが刑事事件にあたるとはとうてい思えない。
3点目は、捜査機関内部情報の流出だ。11月2日、SBSテレビは警察庁が作成した「政策参考資料 梨泰院事件関連主要団体等の反発雰囲気」を入手し、警察庁は一部革新系団体が政権退陣運動を計画していると報告したと報じた。そして、革新系団体幹部のコメントとして、「警察が市民団体の調査に乗り出したこと自体が問題」と伝えた。
これら3つの予兆から、「政府責任論」は狂牛病騒動・セウォル号沈没事故と同じであり、「警察の迷走」はセウォル号沈没事故で救助態勢の不備を追及された海洋警察庁が解体されるに至ったこと、「内部資料の流出」は朴槿恵大統領弾劾運動で軍の情報・捜査機関である国軍機務司令部が戒厳令を検討していると報じられ解体されるに至ったこと、という共通項を見出すことができる。