純国産CO2フリー電源「水力」の旗手として誕生した佐久間発電所・ダムの物語を起点に
Jパワー(電源開発)が次代に向けて構想する再エネ拠点創出プロジェクトの意義を問う。
高度成長期の原動力
元祖再エネパワーの誕生
山々の水を集め、深い渓谷を刻んで流れる天竜川。何百年か静かな歳月を過ごしてきたこの川筋に、新しい時代の開発の動きが起こったのは昭和28年のことでした—。
峻厳な山あいを抜ける舟下りの勇姿と静かな語りで始まる映画『佐久間ダム』。1954(昭和29)年の公開時、300万人もの観客を動員して数々の映画賞を手にしたこの作品には、日本の電源開発史、土木建築史に金字塔として残る佐久間発電所・ダム(静岡県浜松市)の建設物語が克明に描かれている。
戦後間もない当時、混迷から復興への転換期にあった日本の電力需要は破竹の勢いを示しつつあり、それを賄う新たな電源が望まれていた。資源に乏しい日本にとってそれは大規模水力設備の開発に他ならず、技術力と瞬発力をもってその任務を果たすことを使命として、52年9月に誕生したのがJパワーだった。
大規模水力の開発第1号に指名された佐久間の地は、諏訪湖に発し、遠州平野を抜けて太平洋へと注ぐ国内9位の大河、天竜川の中流渓谷部にあり、多雨多雪の豊かな水量に恵まれている。水系全体の包蔵水力は100万kWに及ぶと目され、その約3分の1が得られる好適地でありながら、切り立つ断崖などに阻まれ、幾度となく開発計画が挙がっては倒れてきた悲願の場所でもあった。
53年4月に着工した建設は難航を極め、かの石橋湛山をして「我が国において類例を見ない大工事」と言わせたが、期限とされた満3年を死守して完遂。56年4月に運転開始を果たしている。現在の佐久間電力所所長、若林哲夫氏はこう語る。
「10年以上かかるとされた難工事を乗り切ることができたのは、日本の技術はもとより、米国から導入した最新式の大型土木機械と工法、のちに“電発精神”などといわれた開拓者の気風が相まってのことと伝えられています。事実、この大事業を境に日本の土木建築技術は大きく飛躍し、また戦禍に沈んでいた人々の意気高揚にも奏功したそうです」
出現したダムの高さ155.5m、頂長293.5mは建設時の国内最大記録。4台の発電機が生み出す最大出力35万kWも当時は日本一であり、今でも国内3位の存在として奥只見(新潟・福島県)、田子倉(福島県)の両発電所に続いている(ともにJパワー/揚水式を除く)。年間約14億kWhの発電量は現在も変わらず最大級だ。
「この佐久間を手本とする大規模水力が相次いで開発され、その後の電力安定供給に大きく貢献したことは言うまでもありません。さらに、後に建設された佐久間周波数変換所は、異なる周波数を相互に変換できる世界初の設備で、東日本50Hzと西日本60Hzの電力融通が初めて可能になりました。佐久間の発電機はどちらの周波数でも発電できるので、高度成長期や震災後の電力逼迫時に活躍してきました。供給力(kW)を広域に提供できる存在として、今後もますます必要とされるでしょう」
今なお価値ある水力
レジリエンス効果も期待
日本の電源構成は以後、石油・石炭・天然ガスの火力に、風力などの再エネ、原子力を交えて多様化の道を歩み、安定供給を大前提とする「ベストミックス」が基本方針となる。その過程で大規模水力はほぼ開発を終え、残るは未利用の中小水力の開発だが、水力全体の発電電力量が太陽光と並んで日本の再エネトップに位置することに変わりはない。2020年度実績の電源構成比は約8%で、再エネ全体のおよそ4割を担う。Jパワーの水力設備出力はシェア第2位であり、大量の再エネ電力を生み出し続けている。
佐久間を起点とする日本の水力技術は海外協力にも用いられ、50年代後半から多くのJパワー技術者が諸国に赴任、河川調査や計画支援に臨んできた。60年代にはコンサルティング事業や発電事業も始まり、約半世紀で60を超える国・地域に足跡を残す。現在、再エネ・火力を含めてJパワーが海外で運転中の発電事業は40件近く、建設・計画中の案件は約10地点である。
水力開発の波及効果は事ほどさように遠大だが、その価値はさらに高まる可能性を秘めるという。Jパワー水力発電部プロジェクト推進室の笹川剛課長は次のように話す。
「地政学的情勢による為替変動や資材費高騰、気候変動問題といった社会課題の中で考え直してみると、水力ほどポテンシャルの高い電源はないことがわかります。燃料調達が不要でCO2を出さず、再エネでありながら雨天や夜間にも運転できる。熱や蒸気に変換する燃料とは違い、エネルギーに直結する状態で溜めておくことができて、水さえあれば即座に発電可能。しかも、大小含めてすでに全国各地に存在しますから、分散電源としての価値は極めて高い。レジリエンスの観点からも非常に重要な設備です」
長く使い続けることで、時代の変化に応じた価値が生まれることもある。例えば、揚水式発電。余剰電力を使って水を汲み上げておき、需要を見て適時発電に使うこの方式は、出力100万kW級の大容量化が可能で、高度成長期などには電力ピーク時の補給電源として活躍した。今もその役割は同じだが、再エネ主力電源化の時代に入り、昼間の太陽光で過剰に生じた電力を揚水で吸収して有効活用するといった使い途も開けている。電力需給が逼迫する時の切り札として、再エネを活用した巨大な“蓄電池”の利用価値は高い。
既存資産からの新たな価値創造を望む「アップサイクル」は、経年化した水力設備のリパワリング(一括更新)や、石炭火力設備へのCO2削減技術の実装など、Jパワーがカーボンニュートラル実現に向けて進める取り組みの旗印となっている。
電気と地域と人が創る
次なる時代の循環型社会
こうした水力に備わる底力をベースに、ただ発電設備としてだけでなく、地域と共にある事業としての自覚、働きやすさの視点も交えた新たなコミュニティの拠点となる発電所を創り出す構想も動き始めている。「NEXUS佐久間プロジェクト」がそれだ。笹川氏は言う。
「豊かな水資源を最大限に活用するために、より大きな電力を生むためのリパワリングは重要です。しかし、そうして水力の存在意義が今後さらに高まるとしても、事業の効率化や高機能化だけを見ていたのでは、持続可能性は保てないでしょう。その土地の自然の恩恵に与る事業体として、地域・流域との共生、社会・環境との調和なくして人々の共感を得ることはできません。この発電所があるから、この土地の魅力が増す。そんな存在を目指したいと思います。
もう1つ、人が暮らし、働く場所としての魅力を高めるために、デジタル技術を活用することも考えています。労働人口が減る中で、保守などの現場作業をより安全に、確実に、簡便に進めるためですが、同時に、それによって空いた時間をより創造的な仕事に振り向けたり、楽しさや面白さを駆り立てる仕掛けを施したりするためでもあります」
すなわち、(1)設備更新による水力の最大化、(2)相互の信頼に基づく地域・流域との共生、(3)デジタル技術を活用した人と現場のパワーアップ。これら三位一体のアップサイクルが実行される。(1)では水車発電機などの主要設備を刷新し、出力増・調整力アップを図る。(2)では従来からの関係を土台に、災害時の給電対応など新しい仕組みを共創する。(3)は保守点検など現場業務の遠隔支援、働き方改革などを想定している。
NEXUSには「連鎖」や「つながり」の意味があり、地域との関係性を表すとともに、大気と水の循環の中でエネルギーを得る水力の原理にも適っている。また、持続可能な次代(NEXT)に向けて今、私たち(US)にできることを示唆して命名した言葉でもあるという。
「逆から並べてSUXENとすれば、サステナブル(SU)と環境・エネルギー(EN)の掛け合わせになりますね。もう1つ、水力を通じてさまざまな社会課題を解決する作戦(サクセン)とも読めますか」
Jパワーは昨年2月、エネルギー安定供給とカーボンニュートラルを同時に満たす戦略「J-POWER “BLUE MISSION 2050”」を策定。水力2位、風力2位の再エネ事業トップランナーとしての意気込みと、目標達成への具体的な道筋を示した。NEXUS佐久間をはじめとする再エネ拡大路線はその一環であり、水力・風力・地熱・太陽光の全方位から国内外でCO2フリー電源の開発を加速、進行中だ。
創立から70年にわたりJパワーに継がれる開拓精神のDNAが「次なる佐久間」大作戦でどう結実するか。決戦は2020年代後半に始まる。