2024年6月19日(水)

古希バックパッカー海外放浪記

2022年12月11日

グーグルを見ながら歩いていたら突然目の前に仏教寺院が

仏教寺院の山門

 7月27日。ルソン島中部の高原都市バギオの高台にあるバギオ大聖堂から名物の巨大生鮮市場「シティーマーケット」を目指していたら道に迷ってしまった。スマホを見ながらバギオ大学の敷地の裏道を歩いていたら突然古びた仏教寺院が現われた。

 マニラなど大都市のチャイナタウンには仏教寺院や道教の廟があるが、チャイナタウンのないバギオになぜ仏教寺院があるのか。不思議に思い、山門から入ってみると学生風の若者がお堂に案内してくれた。しばらくするとオレンジ色の僧服をまとった僧侶が現われた。彼はチベット仏教僧侶でパンゴンと名乗った。

仏教寺院のルーツは中国共産党を嫌いフィリピンに逃げてきた福建省人 

 パンゴン師に寺院の由来を尋ねると、1950年に中国共産党の支配を嫌い福建省南安県(現在の南安市)からフィリピンに命からがら小舟で密航してきた人々がルーツという。その後フィリピンで商人として成功した2人が1990年代初めに寺院を建設。それから順次拡大して90年代末には現在のような規模になった。

 ※【参考】フィリピンの華僑のルーツは圧倒的に福建省出身者が多い。筆者がルソン島マニラ、レイテ島タクロバン、セブ島セブシティーの中国人共同墓地の墓碑を調べたところ95%以上が福建省出身者(広東省、香港、浙江省など他省の出身者は数人程度しか見当たらなかった)であった。福建省のなかでも現在の泉州市に属する晋江県と南安県の出身者が多数を占めている。17世紀以降のスペイン統治時代における福建省からフィリピンへの移民の流れは清朝末期の混乱期、日中戦争期、共産党支配確立期に特に増えている。タクロバン市博物館の展示資料によると福建省とルソン島は季節風を利用してジャンク船での往復が容易であり古来より移民や貿易が盛んであったという。

南の島の荒れ寺を再建せよという仏の啓示 

仏像の前に佇むパンゴン師

 1990年代末に創始者の2人が相次いで亡くなると2人の親族は中国から住職を招聘して寺院を維持していた。しかしその後寺院の所有権を巡り関係者で争いとなり今日まで法廷闘争が続いている。その間の約20年、寺院は住む人もなく荒れるに任せていた。

 3年前当時チベットで修行していたパンゴン師は不思議な夢を見た。南の島国で荒れ果てたお寺がある。それを再建するのがパンゴン師の使命だという仏の啓示であったという。伝手を頼って調べたところバギオ市の当該寺院の事情を知るに至った。そしてパンゴン師は関係親族の了解を得て「押し掛け」住職となった。

 寺院は現在ガードマンとして学生アルバイトを一人雇っているだけで、パンゴン師が住職として一人で維持・運営している。過去2年ほどパンゴン師一人で荒れた寺院の手入れをしてきた。来比当初には庭は雑草で覆われゴミだらけで建物も雨漏りがしていたが、最近やっと寺院らしくなってきたという。パンゴン師の苦労が偲ばれた。

 寺院の運営は財政的には親族からの支援と若干の寄付でなんとか賄っているらしいが、パンゴン師はお金のことはなんとかなるでしょうと恬淡としていた。

 パンゴン師によるとマニラやダバオなどのチャイナタウンの寺院は仏教と道教を混淆した紛い物である。さらに一部の仏教寺院では地元フィリピン人の信者を増やすため妥協した挙句に「ジーザス・クライスト=仏陀」と説いている。

 パンゴン師はカトリック教徒のフィリピン人を改宗させることは自分の使命(mission)ではないと明言。フィリピンの人々がより幸せになれるように仏教の考え方を説明・教示するのが自分のこの国で果たすべき役割であるという。

悩めるフィリピンの若者

 寺院には最大130人を収容できる僧房がある。僧房に無料で悩めるフィリピン人を受け入れている。現在は35人ほどが寝起きしている。フィリピンは世界で一番自殺率が低い国の一つである。第170位あたりである。それでも都市化や近代化で増加傾向にあるという。

 若者が悩んでいるときに真の人間の生き方を自ら探し出せるように示唆を与えるのが自分の役割なのだとパンゴン師は語った。最近法学部の学生と医学部のインターンの2人が精神的苦悩を克服して僧房を後にした。彼らが社会に出てどのような生き方をしてゆくのか楽しみにしているという。

チベット仏教僧から見れば神社仏閣でお賽銭を投げる日本的宗教は?

 パンゴン師によると仏教(チベット仏教も含め)とは真実の世界に少しでも近づくために修行することである。そして理想の境地を目指して無限の努力をするのが人生である。例えば経典を理解するためにサンスクリット語、パーリ語などを学ぶことも修行の一部なのだと。

 ちなみにパンゴン師自身かなり流暢で正確な英語を話すが、パンゴン師は2年前にフィリピンに来てから英語を学び始めたという。驚異的な学習速度である。パンゴン師にとり英語も修行の一つだったのだろう。

 パンゴン師は個人的には日蓮上人に興味があるという。激しく旧来の宗派を攻撃して日蓮宗を広めた日蓮。果たして日蓮自身はどのような内面を持っていたのか。日蓮の言動からすれば「理想的な静謐の境地」とはかけ離れていたのではないかと推測するという。

 筆者が浄土真宗の他力本願の考え方に傾倒している旨をつたえたところ、南無阿弥陀仏(ナムエミトフォ)というマントラを唱えるだけで真の仏の道に近づけるというのは違和感があるという。無限の努力により真実に近づけるというチベット仏教(小乗仏教)からすると親鸞の他力本願の教えは邪道なのだろうか。

 フィリピンはカトリック教徒が1億1000万人の人口の95%を占めるカトリック大国である。パンゴン師はフィリピンで見聞するカトリック教会について疑問を呈した。例えば、カトリック教の高位の司教の僧服は華美であるが、宗教指導者が豪華な僧服をまとうのは堕落そのものである。つまり宗教的権威を信者に見せつけて自分の権力を誇示しているだけだ。チベット仏教ではたとえダライ・ラマでも簡素なオレンジ色の僧服である。

 カトリック教会では司祭をPADRE(パードレ)と呼んでいる。司祭は信徒に「神の言葉を教える人」という立場であるが、チベット仏教では僧侶は一緒に修行する先輩という立場であるという。

 パンゴン師は「そもそもキリスト教では原罪(original sin)という観念で人々を脅している。そしてカトリック教徒は「かくあるべし」という強迫観念を植え付ける。それゆえ純粋な若者は教会の説くような人間になれないと悩む。逆にチベット仏教では仏陀はすべての人間を「あるがまま」(as it is)に受け容れると説くので人々は気持ちが楽になる。カトリック教的規範に捉われると他人と自分を比較していっそう自縄自縛に陥る」と対比した。パンゴン師のカトリックへの見解には一理あると思った。

信仰の力はその人の外見にも表れるのか?

 パンゴン師と初対面の時に「やけに若い坊主」と思った。顔にしわ一つなく、つやつやした肌、ハリのあるハイトーンの話声から20代半ばに思えたのだ。話しているとかなり修行しているようなので30代かなと想像した。なんと55歳と聞いて唖然とした。パンゴン師は「いつも初対面の人から実年齢より相当若々しく見えると言われる」と苦笑していた。真実を求めて純真に修行していると心身ともに健康になるのだろうか。

 パンゴン師と話していると彼の晴朗な人柄に魅了され自分の心が澄んでくるのを感じた。パンゴン師と出会えた偶然は仏陀のお計らいであろうか。

   
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