2023年1月30日(月)

定年バックパッカー海外放浪記

2022年12月3日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

ロシアン・コミュニティになっているパルク・ウブドのエントランスの階段

 プールを横目に見ながらコンドミニアムに向かうカップルが歩いて来たので声を掛けるとバレンシア出身のスペイン人だった。男性はITエンジニア、女性はネット広告と2人ともデジタル・ノマドだ。コンドミニアムを借りて長期滞在している。

 2人はロシア人達から視線をそらし小声でロシア人について語った。コンドミニアムは中高年のロシア人が多く大半はウクライナ戦争前から住んでいる静かな隣人と評価。他方、戦争開始後にバリ島に来た若い世代のロシア人はグループで騒ぐしマナーが悪いし、あまり関わりたくないと。

必死で兵役逃れて楽園にたどり着いた貧しい若者たち

 前半(『バリ島は海外脱出ロシア人の楽園なのか?』)では地上の楽園で優雅に過ごすロシア人を紹介したが、神様(おそらくロシア正教の神様)は不公平である。海外脱出ロシア人の天国『パルク・ウブド』の中に入れず、エントランスホールの大きな回転ドアの外に置かれたベンチに座っている4人の若者がいた。彼らはガードマンに誰何され、英語で説明できず入館を断念してすごすごと外に出たのだ。そして日陰のベンチで鳩首相談していたのだ。

 彼らは見るからに貧しいロシアの若者だった。服装や靴、身なり全体と雰囲気が高級複合施設には場違いなのだ。ゆっくりと簡単な英語で聞くと、ひとりの若者からかなり間をおいて単語が返ってくる。他の3人はまったく英語ができないとのこと。

 4人はロシア人の若者が集まるチヤングーで知り合った。20〜23歳の彼らはシベリアの町や村の出身。徴兵されるリスクが高いので必死で逃げてきたのだ。

 ひとりは無言で、スマホでニュースをチェックしていた。絶えずロシアのニュースをチェックしていないと不安らしい。彼らは節約のためバリ人のローカルが借りるような安アパートを4人でシェアするという。

 おそらく彼らよりさらに貧しい階層の若者は渡航費用・滞在費用が工面できず、戦時ボーナスだけを期待して戦地に赴いているのだろう。

欧州人のロシア・ウクライナへの認識

 スミニャックで同宿したスロバキアの首都ブラチスラバ出身女性は企業などのシステムをチェックするITアナリスト。デジタル・ノマドだ。

 ウクライナへの複雑な感情を吐露。ロシア侵攻直後に兄が仲間と一緒に難民支援に食料を持って国境に行った。ところが真っ先に車で逃げてきたのは富裕層で乾パンなんかには目もくれず、町のレストランに向かった。富裕層を支援する必要はないと唾棄するように断言した。

 ウクライナ難民の大半はドイツへ向かうが、それでも小国スロバキアにはウクライナ難民は大きな負担。アパートなど部屋不足。ホステルすら1泊8ユーロから20ユーロに値上げ。

 早く戦争を終わらせてほしい。そもそもゼレンスキーはロシアとキチンと対話をしなかった。交渉したら戦争は回避できたと考えるスロバキア人は少なくないと。


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