2024年12月7日(土)

Wedge SPECIAL REPORT

2022年12月20日

テンシンファームを通じて
伝えたい価値

 ダラットから車に揺られること約30分。風光明媚な丘陵地帯にテンシンファームはある。広さは東京ドーム3個分に相当する15㌶。従業員は約35人で多くが地元の人たちだ。繁忙期には50人ほどになる。

 テンシンファームはもともと放棄されたバナナ園を譲り受け、土壌改良など、さまざまな試行錯誤を繰り返してきた。今では60品目を超す野菜を栽培する畑、整然と並ぶビニールハウスのほか、ため池や牛と豚の畜舎などが整備されている。その完成度の高さには、かつて視察に訪れた日本の有機農業の第一人者である故・金子美登さんらを感嘆させたという。19年には国の有機農業のモデルにも選ばれた。

 タンさんには、テンシンファームを通じて伝えたい価値がある。

「化学肥料や農薬を使用し続ければ土壌はますます汚染され、農業は衰退の一途です。そこから脱却できるような未来のある農業に進んでいきたい。テンシンファームは環境の汚染源になりうる廃棄物を逆に資源化して活用することに価値を見出しています」

 濱さんも言う。「本来の生態系があれば、それぞれの天敵の影響で、特定の病害虫が大量発生することは稀です。農薬の弊害の一つは、この生態系を壊してしまうことにあります」。

 2人が実践するのは、外部からの影響を最小限に抑えた循環型の有機農業だ。高付加価値の有機野菜をつくるために土壌づくりを徹底。堆肥原料の中核である牛糞を得るために50頭の牛を自分たちで飼育している。牛には、通常であれば廃棄するチーズ工房のホエイや地域のコメ農家のわらの他、テンシンファームの畑で育った有機の牧草と野菜残渣を給餌している。畜舎に足を踏み入れても特有の〝嫌な臭い〟がほとんどしないのは「高品質の餌を食べさせていて、牛の内臓がきれいだから」(農場長のフンさん)だという。取材当日も牛たちが「ムシャムシャ」と音を立てながら、勢いよく野菜を食べている姿がとても印象的だった。

自分の手でつくり上げれば
農業は面白い

 テンシンファームでは、肥料を自給するほか、機械装置の機能性を高めるための部品やアタッチメントを自分たちで設計・制作することもある。

「機械や肥料など、資材を外から購入するのは便利ですが、それでは自分たちの知見や技術、ノウハウが育つチャンスは失われてしまいます。まずは自分たちでできることがないか、知恵を絞っています」(濱さん)

 こうした農業は一見、膨大な労力とコストを要し、効率が悪いようにも思える。循環型農業の実践は難しいのではないか? 濱さんに尋ねるとこう答えてくれた。

「もちろん大変ですし、農園のスタッフには苦労をかけています。でも、農業の面白さは自分たちの手でつくり上げることにあると思っています。廃棄されてしまうものを価値あるものに変え、やせ細った土壌が栄養満点の肥沃な土壌に変わっていき、必要なものを自給自足する。こうした農業は若い人たちも面白いと感じるはずです。また、たくさんのものが必要な分、地域とのつながりがとても大切です。ただ農産物をつくるだけではなく、地域コミュニティーの中で生かし生かされ必要とされ、地域全体の価値を高めていけるような多目的な農業は、世界が今後目指すべき方向性の一つではないでしょうか」


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