宮城県の牡鹿半島の太平洋沿岸に位置する女川町。ギンザケとサンマの水揚げ量が全国でもトップクラスのこの町には、日本有数の漁港の一つである「女川漁港」がある。
まだ日が昇る気配すらない1月20日午前5時──。寝静まった女川漁港には2隻の船が横付けされていた。港を煌々と照らしていたライトが消灯すると、エンジンが轟音を響かせる。小誌記者が乗り込んだ「第28清水丸」と「第62清水丸」は白い水飛沫をあげながら、漆黒の海に向かって動き出した。
同船団の漁法は日本の沿岸漁業の代名詞ともいえる「定置網漁」だ。魚群を探して漁に出る他の漁法とは異なり、文字通り海中の定まった場所に箱網を置き、回遊する魚群を誘い込む。
出港から約30分。漁場に到着すると、船員は次々と「第62清水丸」に乗り移り、50㍍ほど離れた網の端まで移動する。その後、29人の海の男たちが海中で袋状になっている箱網を黙々と手繰り寄せながら、運搬船の「第28清水丸」に向け、ゆっくりと近づいてきた。
「今日はマダラですね」
船団を率いる泉澤水産の泉澤宏代表取締役が作業を眺めながらつぶやいたときには、すでに2隻の距離は5㍍ほどだった。網の中で飛び跳ねる大量のマダラを次々と魚槽に取り上げ、この漁場での漁は終了。空が白んでいく中、船団はもう一つの漁場で漁を行い、8時20分に帰港した。
泉澤水産は女川町をはじめ、北海道、岩手県、静岡県など9つの漁場を経営しており、泉澤氏は定置網漁の第一人者として知られる。「待ちの漁業」といわれる定置網漁は狙った魚種だけを漁獲するのが難しいともいわれるという。しかし、泉澤氏は「地域や季節によって網に入る魚が変わるので、昔からどんな定置網の型を選ぶかが意識されてきた。資源管理の重要性が叫ばれる中、漁具の設置海域や漁場の位置、操業時期も調整することで〝選択的な漁業〟ができる漁法だ」と話す。
漁業法改正にまつわる規制改革推進会議にも参加した泉澤氏は、「現時点でIQが導入されているのは実質クロマグロぐらいだ。特に、沿岸漁業者には影響が少ないし、行動が変わるのはまだまだこれからだろう」と話す。
水産政策の歴史は大きく動くも
改革はまだまだ途上だ
日本の水産政策の歴史が大きく動いたのは改正された漁業法が施行された20年12月。これまで漁船の隻数や大きさ、魚の漁獲可能サイズや漁期を制限することにより管理していた水産資源は、最大持続生産量(MSY)ベースの漁獲可能量(TAC)に基づき科学的に管理することとなった。
2030年までに10年と同程度まで資源量を回復させる──。この目標のために、特定水産資源(TAC魚種)を現在の8種から20~30種まで拡大し、漁獲量ベ―スで8割を個別割当制度(IQ)で管理する。さらには資源調査種を18年の50種から、25年までに約200種に拡大することを目標に資源調査を実施している。
水産庁が21年5月に発表した『新たな資源管理の推進に向けたロードマップ』をみると、「順次開始」「順次拡大」の文字が並び、まだまだ改革の途上であることがうかがえる。これまで漁獲データの正確な把握すらできていなかったが、その報告が義務化される範囲がようやく拡大してきた。
水産資源管理に詳しい東京海洋大学政策研究院の岩田繁英助教は「『データがないと改革が進まない』というのは事実だが、そこで手をこまねいているのが現状だ。例えば、生態系や海域毎の資源状況に関する詳細なデータなど、具体的にどういうデータを集めていくかの検討を進め、最終的な目標地点を達成するために、それをどう管理していくかのロードマップを示す必要があるのではないか。仮に達成できなかった場合に、その道のりを反省できる材料が乏しいのが現状だ」と話す。
資源調査や評価を行う水産研究・教育機構(以下、水研機構)水産資源研究所の西田宏水産資源研究センター長は漁業法改正後の取り組みについてこう語る。「資源評価対象魚種が拡大していく中で、改革のスピードを上げることが重要だ。だが、評価精度の向上に努めつつも、きめ細かくやっていかなければならないという難しさもある。限られた人手や予算の範囲内で体制を工夫し、円滑・迅速に海の中のデータ収集ができる仕組みを構築しようとしているところだ」。