「魚と親の仇は
目の前にいるときにとれ」
戦後70年間変わらずに〝君臨〟し続けていた漁業法。漁業者の生の声がその改革の難しさを物語る。
宮城県石巻市で底引き網漁業を営む森智朗さんは「『魚と親の仇は目の前にいるときにとれ』と教えられて育ってきた。資源管理は大事だとわかっているが、家族や乗組員たちの生活もかかっている。そう簡単に『獲らない』という選択はできない」と話す。また、宮城県漁業協同組合の平塚正信専務理事は「漁業者は〝狩人〟だ。資源管理の重要性は理解しているが、それを実行させるとなると苦労する」と語る。
日本は漁業者の自主規制任せの資源管理を続けてきた結果、漁獲量は減少の一途を辿ってきた。漁業者も資源管理の重要性を認識しているが、そう簡単に行動変容は起こせない。資源管理するインセンティブが現状では乏しすぎるからだ。今回、科学的に漁獲量を制限する方向に大きく舵を切ったのであるから、漁業者が資源管理に本気で取り組む政策が欠かせない。しかし、取材を進めるとその改革が骨抜きにされている点がいくつも浮かびあがってきた。
漁業法の改正ポイントはTAC魚種の拡大とIQによる管理の導入だ。水研機構などの第三者研究機関が資源調査・評価を行い、その結果を基に国の「資源管理方針に関する検討会」を経てTACが決定される。そして、水産庁の下案を基に漁獲枠の配分方法が審議され、①主に遠洋・沖合漁業などが対象で農林水産大臣が許可する「大臣許可漁業」、②主に沿岸漁業が対象の「都道府県知事許可漁業」のそれぞれに漁獲枠が配分される(下図)。
しかし、肝心の漁獲枠の初期配分は過去数年の「漁獲量」をベースに決定される。総量は同じでも配分の仕方次第では、資源管理にはならない。前出の岩田助教は「踏み込んで資源管理を実施するためには、配分方法にも科学的な視点を入れる必要がある。例えば、漁獲量データが揃う漁法ごとにどれくらい漁獲を減らせばどれくらいのインパクトがあるかなどの評価はそれほど難しくない」と指摘する。TACの設定までは科学的なアプローチがとられているが、漁獲枠の配分になると「漁業者への配慮」などに引きずられ、情緒的で非科学的な判断がなされてしまうのが現状だ。
さらに、水産学に詳しい学習院大学法学部の阪口功教授は「乱獲していた漁業者と選択的に資源管理していた漁業者が漁獲量で横並びに比較されれば、『獲ったもん勝ち』の漁獲枠が設定されてしまい、資源管理に取り組むインセンティブがなくなる。行政ではない第三者が漁獲枠の下案を決め、透明性と公平性を担保した形で漁獲枠の配分が議論されるべきだ」と話す。
各管理区分に分配された漁獲枠をいかに漁業者に割り振るかという点でも課題は残る。都道府県知事許可漁業は各知事の管理のもと漁獲枠を配分する。しかし、阪口教授は「都道府県には十分な資源管理ができる専門人材や予算が不足しているが、国はガイドラインだけを示し、都道府県に丸投げしているような状態だ」と話す。
実際に地方自治体も対応に不安を募らせる。ある自治体の職員は「沿岸に生息する魚は都道府県による資源評価や漁獲枠配分が必要だ。TAC魚種が拡大していく中で、このままでは人手も予算も限界に達してしまう」と嘆く。