IQの実効性にも疑問符がつく。同制度は各漁業者の漁獲枠の遵守が成否を分ける。不正を取り締まる〝目〟も必要だろう。阪口教授は「海の上での不正を防ぐため、諸外国では漁船への監視員の搭乗による検査が常識だが、日本では導入されていない」と指摘する。前出の泉澤氏も「監視員、リアルタイムカメラ、罰則規定の3点セットが不可欠だ」と話す。
これらを日本で導入することは困難なのであろうか? 水産庁資源管理部管理調整課の藤原孝浩課長補佐は「欧米諸国は性悪説で漁業者を管理するが、日本では漁業者の自主的な取り組みを信頼するやり方がいいのではないか。監視員を配置するにも人手が足りず、監視カメラの設置にはコストがかかり、すぐに導入というのは難しい」と話す。
一方、阪口教授は「監視員であれば公務員である必要はなく、民間委託でもよい。水産予算は漁獲能力を拡大させる補助金ではなく、本当に必要なところに投じなければいけない」と指摘する。
〝延命治療〟の補助金制度
〝手術〟すれば経営は立て直せる
水産庁が昨年12月に発表した22年度の「水産予算概算要求」によると、22年度の当初予算と21年度の補正予算は合計3201億円。そのうち、「資源調査・評価の充実等」は108億円にとどまるが、漁業収入安定対策事業には794億円の予算がついている。
「漁業収入安定対策事業」とは、計画的に資源管理などに取り組む漁業者を対象に、積立方式の「積立ぷらす」と保険方式の「漁業共済」を組み合わせ、漁獲変動などに伴う減収を補填するものだ。
生態系総合研究所の小松正之代表理事は「資源状態が悪い魚を獲り、それによる赤字に損失補填の補助金を出していては、漁業者の漁獲能力が削減されず、資源と経営の悪化につながる。これはWTO(世界貿易機関)で定義する非持続的な補助金に該当し、廃止することが水産資源の改善にもプラスだ」と話す。阪口教授も「『補助金は減船に使うべき』と話すと反論されるが、資源量が回復すれば加工や流通に流れる魚も増え、そちらの仕事は必然的に増える。水産業を垂直的に見て資源管理の効果を考えるべきだ」と語る。
水産資源が回復するまでには数年単位の時間を要する。その間の補償は必要だが、補助金の使途を限定するなど、なによりも将来に向けた投資を促す政策が不可欠だ。
「〝手術〟すれば経営を立て直せるのに、〝延命治療〟でそのインセンティブをなくしているのではないか」
補助金制度のあり方にこう疑問を呈するのは網走合同定置漁業の元角文雄代表理事だ。173人の漁業者で構成されるこの経営体は、もともと網走漁協の一つの部会だった。1990年代にオホーツク海で資源状況が悪化する中、定置網漁業者の間で「このままでは共倒れする」との危機意識を共有。94年に六つの企業体を集約し、一つの経営体として操業するようになった。
その効果は絶大だ。各漁業者が個別に調達していた資材を一括発注することでコストを削減、さらに、漁の体制を効率化することで、11隻あった船を5隻まで減船し、経費を4割削減できたという。さまざまな試行錯誤を重ねながら経営を改善する中で、21年度の利益率は70%に達し、一人あたりの平均年収はなんと約2000万円だという。
元角氏は「収益性や将来性に惹かれ、大学卒の優秀な若い人材が網走に集まるようになった。頭を使って経営すれば補助金に頼らずとも立て直すことができるはずだ」と話す。全国的にも珍しいケースだろうが、漁業者自らの創意工夫で経営改善した好事例である。