試行錯誤をしながら
循環の輪を広げていく
東急の高層マンションから少し離れた一角にあるHikariは、緑豊かな明るい外観が印象的だ。この施設内で、濱さんが協力し循環型の街づくりの実証が行われている。池で飼う魚の排泄物を分解処理し施設内に植えられる果樹の生育に利用、4P'sで調理中に発生した生ごみを専用施設で堆肥化し果樹に供給、生ごみから魚の餌を作るなど、日々試行錯誤の連続だ。
現在参画しているのは4P'sだけだが、「ゆくゆくは他のレストランにも広げていきたい」と坂井部長。濱さんは「一番の目的は施設内で発生する生ごみの処理です。でも、ちょっとした工夫次第で生ごみは資源化できるのです。こうした気付きを住民や利用者に与え、興味を持っていただければ、循環の輪が少しずつ広がっていくと思います」と話す。
前出の平田COOの期待も大きい。「こうした街のコンセプトに共鳴するクリエーティブな人が集まれば、『住みたい』『働きたい』『訪れたい』と思う人も増えるはずです。街の魅力を高めるためにも〝街づくりのプラットフォーマー〟として、濱さんをサポートしていきたいです」。将来の居住者増を見据えて同社では、ビンズン新都心―ホーチミン間の路線バス開設も予定しているという。
ベトナムでつくった前例は
日本でも置き換えられる
循環型農業や有機農業は、一見古めかしい印象があるかもしれない。しかし、濱さんとタンさんが実践するのは既存の農業という枠組みにとらわれない「クリエーティブでイノベーティブな農業」であり、さまざまな人や地域社会、企業との関係を通じて「社会に新たな価値を提供する農業」でもある。
タンさんは話す。「短期的な収益をあげるための方法はいくらでもありますが、私たちは、〝次の農業〟の土台をつくることを第一目標としています。農業そのものが生み出す価値はもっと多様化できるはずです」。
濱さんもこう続ける。「ベトナムで実践している農業は、日本に前例がないものかもしれません。でも、日本に置き換えられないとは全く思いません。次に目指すべき農業のモデルをベトナムで確立し、将来、日本にも導入できればと思っています」。
日本では今、新しいことをやるにも「前例がない」ことを理由にしてチャレンジを諦める傾向が強い。だが、濱さんとタンさんたちが取り組む事例は立派な前例となる。日本に前例がなければ、海外でつくればよいのだ。ベトナムには、既存の「農業」の枠にとらわれず、自由な発想で〝大きな絵〟を描く先駆者たちの姿があった。濱さんとタンさんたちがベトナムで蒔いた種が、いつの日か日本で、そして、世界でも花開く日が来ることを願ってやまない。
便利で安価な暮らしを求め続ける日本――。これは農業も例外ではない。大量生産・大量消費モデルに支えられ、食べ物はまるで工業製品と化した。このままでは食の均質化はますます進み、価値あるものを生み出す人を〝食べ支える〟ことは困難になる。しかし、農業が持つ新しい価値を生み出そうと奮闘する人は、企業は、確かに存在する。日本の農業をさらに発展させるためには、農業の「多様性」が必要だ。