例えば、後期高齢者医療制度を見ると、給付総額17.1兆円のうち保険料負担はたったの1.3兆円(7.5%)、自己負担1.4兆円(8.3%)を考慮しても全体の16%弱でしかない。残りの84%のうち、7.9兆円(46.2%)は税金(および赤字国債)、6.5兆円(38.0%)は現役世代からの支援金なのだ。
後期高齢者に「子育て支援連帯基金」へ保険料拠出してもらうよりも、大企業の社員らが加入する組合健保や中小企業の社員らが加入する協会けんぽから後期高齢者医療制度への支援金を削減し、少子化対策におカネを回した方がよっぽど財源を捻出できるはずなのだ。しかも、現役世代は後期高齢者への支援金に加えて、前期高齢者への支援金3.7兆円も負担させられているのだ。
「世代間連帯」の美名のもと、現役世代から高齢世代に多額の拠出を強いて(つまり、片務的世代間連帯)、そもそも少子化の原因を作っておきながら、「子育て支援連帯基金」のような屋上屋を架す制度は、率直に言って百害あって一利なしである。
もしどうしても新たな財源が必要になるのならば、本来は社会保障のスリム化がベストなのだが、それが無理であれば、社会保障目的税に位置付けられている消費税の引き上げを国民にお願いするのが筋というものだろう。逆に言えば、ここで消費税を引き上げないのならば、消費税の使途を主に社会保障関係4経費に限定している消費税法第1条第2項を削除のうえ、消費税と社会保障の紐づけを即刻解除するべきだ。
1997年の呪い
なぜ、消費増税が忌避され、社会保険料の引き上げに走るのか。一説には、消費増税が深刻な景気低迷をもたらすのと、社会保険料は引き上げてもいずれ給付となって返ってくる安心感が国民の間にあるため反対が少ないからだと解釈されている。
しかし、こうした解釈は甚だ疑わしい。
消費増税が政治的にタブーになったのは、1997年の経験が契機だと言われている。旧社会党の村山富市氏を首班とした自社連立内閣の後を継いだ橋本龍太郎内閣は、バブル崩壊の影響から日本経済が脱しつつあるなか、6つの改革(行政改革、財政構造改革、社会保障構造改革、経済構造改革、金融システム改革、教育改革)を進めるなど、国民的な人気も高かったのだが、同年4月に消費税を引き上げると景気が失速し、翌年の参院選にも敗北し退陣することになった。
しかし、97年の消費税引き上げのマクロ経済的な影響を総括した旧経済企画庁「98年版経済白書」によれば、景気低迷は、消費増税だけにより引き起こされたのではなく、特別減税の終了および医療保険制度の改革、そして後のアジア金融危機につながるアジア諸国での通貨・金融不安であることが、記されている。つまり、景気失速の原因は消費税引き上げだけではなかったのだ。
97年当時はまだ団塊の世代も50代前半で、他世代にも負担してもらえる消費税引き上げよりも特別減税の廃止、社会保険料引き上げなどによる可処分所得の減少の方がマイナスの影響の方が大きかった。だから、98年の参院選で橋本内閣に反対したというのが実情だ。