2024年7月16日(火)

食の「危険」情報の真実

2023年3月24日

 この任意の表示変更に対して、消費者庁は「消費者の誤認を防止でき、選択の機会の拡大につながる」と意義を話す。確かに、これまでは表示を見ただけでは、組み換え原料の混入が限りなくゼロに近い食品を選択する手段がなかったからだ。4月からは「組み換えではない」と表示された食品を選べば、「組み換え原料は絶対に嫌だ」という消費者の選択が確保されることになる。さらに、5%以下の混入なら受け入れてもよいと考える消費者は「分別生産流通管理済み」の表示を選べばよいことになる。

 ただ、表示制度の中身をよく理解していないと、「分別生産流通管理済み」や「遺伝子組換え混入防止管理済」などの表示を見ても、どういう意味かが伝わりにくい課題は残る。

それでも続く「不安ビジネス」

 しかし、よくよく考えてみると、そもそも現行の表示制度では、組み換え原料を使っていない場合は、任意表示のため、事業者は何も表示せずに販売すれば済むはずだ。なぜなら、組み換え原料を使った場合は必ず「組み換え」と表示させる義務があるのに対し、何も表示がなければ、それは組み換えではない原料を使ったという意味になるからだ。組み換え原料を避けたいと思うなら、実は、無表示を選べばよいだけの話なのだ。

 01年に表示制度が誕生した当初、筆者は、組み換えではない輸入大豆を使った納豆や豆腐などは無表示のまま販売されるかと思ったのだが、予想に反し、スーパーに並ぶ納豆や豆腐には「組み換えではない」という任意の表示が続々と現れた。

 今にして思えば、これが消費者に誤認をもたらす要因だった。後になって、「組み換えではない」と表示しているのに、5%もの混入を認めているのはおかしいとの声が上がったのは当然である。ならば、原点に返って、無表示のまま販売すればよいのにと思うが、またしても「分別生産流通管理済み」や「遺伝子組換え混入防止管理済」といった表示の言葉が出てきてしまった。

 こういう表示が続く限り、「遺伝子組み換え作物は何か良くないもの」というネガティブなイメージはなかなか払しょくされない。

 こうした状況に対して、食品のリスクコミュニケーション問題にも詳しい東京大学の唐木英明名誉教授は次のように述べる。

 「一部の消費者は、自身の安心を支えていた『組換えではない』表示が厳格化されると、次の安心表示を探すだろう。『遺伝子組換え混入防止管理済』などはその候補だ。表示問題の背景には不安を利用した『組換え不使用』ビジネスがある。今回の任意表示の変更措置で表示の文言が変わっても「不安ビジネス」の実態が変わるとは考えられない。

 そもそも遺伝子組み換え作物は安全性が確認されて流通しているのに、組み換えと非組み換えを分ける分別生産流通管理自体にも不安ビジネスの要素がある。不安に乗じたビジネスをどうするかが問われている」。

 現在、遺伝子組み換え作物は米国やカナダ、ブラジル、スペインなど世界約30カ国で栽培され、世界中で流通している。米国科学アカデミーが16年に報告したように、遺伝子組み換え作物には「農薬の使用削減」「生物多様性の増加」「収量の増加」など多くのメリットがある。食品事業者やメディアはそういう遺伝子組み換え作物の実像をもっと広く伝えていくことも重要なのではないだろうか。

 
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