歯のトラブルと誤嚥性肺炎の死亡
ここで、口腔保健と誤嚥性肺炎の死亡について、都道府県別データを使って概観してみることにする。はじめに、高齢者の口のトラブルとして2019年の『国民生活基礎調査』(厚生労働省)による健康の上で気になる症状の結果を用いる。
このうち「歯が痛い」「歯ぐきのはれ・出血」「かみにくい」と答えた各都道府県の65歳以上の高齢者を、20年の『国勢調査』による各都道府県の年齢別人口を用いて除し、「口(歯)の不具合発生率」を求めた。また、20年の『人口動態統計』から各都道府県別の「誤嚥性肺炎」による死亡者と同年の『国勢調査』の人口数を用いて「誤嚥性肺炎による死亡率」を求めた。結果は図1に示されている。
図1を見ると65歳以上人口10万人当りの「口(歯)の不具合発生率」が上がるにつれて、縦軸の「誤嚥性肺炎による死亡率」が増加傾向にあることが分かる。特に、年齢を65~69歳、70~74歳、75歳以上に区分して分析したところ、75歳以上の高齢者では、歯の不具合率が1ポイント増加するにしたがって、「誤嚥性肺炎による死亡率」が19.6ポイント増加するという結果が得られた。
なお、『国民生活基礎調査』は高齢者のみならず国民の健康・福祉に関する実情を知ることができる有用な統計であるが、アンケート形式の調査であるために「在宅」の高齢者の状況しか知ることができない。このため、介護施設や病院等に入院している高齢者は調査から外れる。
これを全ての場所にいる高齢者を対象とした『国勢調査』の人数で除するため、「口(歯)の不具合発生率」は実際の数値よりも小さく出る。このため、「誤嚥性肺炎による死亡率」と「口(歯)の不具合発生率」の関係では、「口(歯)の不具合発生率」の統計上の値が小さいため、小さな変化で大きな影響が出るように計算されてしまう可能性があることに注意する必要がある。それでも、別の意味では実際にはこの統計の「口(歯)の不具合発生率」の数値よりも高い割合で、口腔保健に問題のある高齢者が存在しうるということもいえる。
寿命だけではない口腔衛生の効果
口や歯の健康を守るということは、誤嚥性肺炎を予防するだけではない。老後の生活に大きく影響する「認知症」や「社会とのつながり」とも大きくかかわっているという研究もある。
俗に「8020運動」(80歳になっても20本の歯を残す)と呼ばれる歯の健康スローガンがある。人間の歯の本数は基本的に28本(「親知らず」は含まない)であるが、このうち20本があれば、咀嚼(そしゃく)の機能が保たれるというものである。