2022年10月6日(木)

都市vs地方 

2022年1月28日

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吉田浩 (よしだ・ひろし)

東北大学大学院 経済学研究科教授

高齢経済社会研究センター長。1995年一橋大学大学院博士課程満期退学、97年東北大学大学院経済学研究科助教授、2007年より現職。会計検査院第9代特別研究官、経済企画庁経済審議会特別委員も歴任した。著書に『男女共同参画による日本社会の経済・経営・地域活性化戦略』(河北新報出版センター)、『厚生労働統計で知る東日本大震災の実状』(統計研究会)など。

 このシリーズでは、高齢化が進行する地方の持続可能性の問題を主に生産面から考えてきた。そこでは、高齢者の就業(第1回「都市VS地方 今や「地域力」は人口だけでは測れない」)、女性の就業(第2回「中核地域の宮城と広島 出生率がこれだけ違うのはなぜ?」)の他、都市の就業者の源泉としての地方出身者(第3回「対立か共生か 地方VS東京圏」)などを検討してきた。

 これらでは、暗黙裡にわれわれの生活を支える財やサービスなどの資源は、主として市場経済を通じて調達されているという前提に立っていた。

(Rawpixel/gettyimages)

 この考え方からすれば、高齢化や過疎化が極端に進んだ地方では、もはや生産活動や市場経済が成立せず、持続可能性は極めて小さいということになってしまう。しかし、時折テレビの紀行番組などを見ると、いわゆる限界集落や過疎地域と呼ばれる地域や集落から離れた地区に1人で暮らす高齢者が元気に生活しているさまが紹介されている。

 ここから感じることは、どうやら地方の持続可能性に影響を及ぼす要素は、市場経済で調達される資源だけではないようであるということである。そこで、今回は、地方の持続可能性の考えるうえで、市場経済以外すなわち「非市場」経済で調達される資源の存在に焦点を当てることとする。

重要な要素となる「ソーシャル・キャピタル」

 限界集落や過疎地域、単独で暮らしている住民は、陸の無人島でロビンソンクルーソーのような暮らしをしているわけではない。住民同士の日常の交流を通じて、財やサービスを無償で交換したり、助け合っていたりする。このように、貨幣以外の方法で、生活維持に寄与する助け合いや協力というファクターとしては、「ソーシャル・キャピタル」が注目される。

 ソーシャル・キャピタルを直訳すると、「ソーシャル=社会(的な)」、「キャピタル=資本」であり、「社会資本」ということになる。われわれが日常生活で「社会資本」という呼び方をするものとしては、橋や道路、空港や上下水道のような公共性の高い資本設備をさす場合が多い。

 社会的な役割の大きな資本であり、社会全体で所有しているという意味もこめて「社会資本」と呼ばれている側面があろう。しかし、これらの資本は、公的な主体が公共事業などを通じて形成した公有の資本であり、国際的には社会資本とは言わず「公共資本」(パブリック・キャピタル)と呼ばれる。

 これに対して、今回問題としているソーシャル・キャピタルは、橋や道路のような実物的な資本ではなく、地域の人々の間に培われている信頼、規範、協働(ネットワーク)のような目に見えない価値としての資本である。したがって、地域の生活を維持するための財やサービスを作り出す要素して、①就業者(労働力)、②物的な資本(生産設備や公共資本)の他に、今あげた③ソーシャル・キャピタルも、重要な役割を果たしているという考え方が成り立つ。

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