日本映画史上屈指の傑作
映画については、大分県を主舞台にしたものが山田洋次『男はつらいよ』シリーズだけでも4作あり、大分県観光に大いに役立っている。
ただし、映画評論家でもある矢野さんが評価するのは、より社会的な映画作品の方だ。
「今村昌平『復習するは我にあり』と並んで高評価なのが、阪本順治『顔』。2作とも別府に関わる作品ですが、『顔』は“日本映画史上屈指”と絶讃されていますね?」
「はい、映画では引きこもりの姉が妹を殺して全国を逃げ回る話ですが、どこか「福田和子事件」をモデルにしています。当初暗く引きこもりだった女主人公が逃亡を重ねるにつれ次第に明るく生き生きとしてきます。藤山直美の演技が絶品ですね。スナックのママの藤山への助言がいいですね、“お腹すいたら、ご飯を食べる”。人生究極の言葉です」
こうして、文学・映画の作品満載の本書が終わる。「すべって転んで大分県」ならぬ「すべって転んで文学県」の新たな相貌だ。
「いやぁ、こういう本は、本当はどの県にもぜひ一冊欲しいですね」
私は矢野さんに最後に、同様な本を作る際の注意点を聞いてみた。
「一つは項目を時系列に並べることです。私の場合も連載時はバラバラでしたが、明治から令和まで並べ直し、空気感を時代ごとに出せるようになりました。もう一つは、単なる調べ物ではなく、各方面に筆者の実人生を絡ませ、血の通った読み物にすること」
確かに、通読すると、幼少時から現在まで、矢野寛治という人が大分県各地とさまざまに関わってきた軌跡が透けて見えた。
「あとは、各地の図書館の司書さんといかに懇意になるか。彼らがいたからこその一冊ですから(笑)」