2024年12月22日(日)

オトナの教養 週末の一冊

2023年2月25日

 

『「断絶」のアメリカ、その境界線に住む』(朝日新聞出版)。大島 隆(おおしま・たかし)。1972年、新潟県生まれ。朝日新聞政治部記者、テレビ東京ニューヨーク支局記者、朝日新聞ワシントン特派員などを経て、現在は英語ニュースサイト「The Asahi Shimbun Asia & Japan Watch」のデスク。この間ハーバード大学ニーマン・フェロー、同大ケネディ行政大学院修了。著書に『アメリカは尖閣を守るか』(朝日新聞出版)『芝園団地に住んでいます』(明石書店)がある。

 『「断絶」のアメリカ、その境界線に住む』(朝日新聞出版)は、新聞記者である大島隆さんが、アメリカ社会で起きている地殻変動の震源地とも呼べる町に部屋を借り、2020年8月から約1年7カ月間過ごした体験のリポートだ。

 「私はワシントン特派員だったので、正しくはワシントンの家とペンシルベニア州ヨーク市の家との行ったり来たりですけどね」

 大島さんによれば、「車で1時間半の距離はアメリカ感覚では近い」とのこと。

 冒頭に図があるが、ヨーク市(人口約4万5000人)は、インナーシティ(市街地)を郊外型の邸宅ゾーンがドーナツのように取り囲む構造。インナーシティはマイノリティ(黒人やヒスパニック)が主体で貧しく、周囲の一戸建て地区は白人居住地で豊か。

 そしてヨーク市を含んだヨーク郡(約46万人)そのものは、白人層が約8割を占めている。

 大島さんが入居したのは、そんなヨーク市のインナーシティの外れ、白人邸宅地のすぐ脇の古いタウンハウスの一室だった。

 「それにしても部屋選びは大成功でしたね」

 私は大島さんの同居者の話から始めた。

それぞれが違いすぎる身近な3人

 「同じ間借り人の1人がBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動に熱心な黒人青年アンドリュー。もう1人がヒスパニックなのにトランプ支持派のドミニカ移民アレックス。2人とも政治・社会に関心があり、話し好き。加えて家主の40代の白人女性ケリーがトランプ派で、それぞれがテーマに結びつく?」

 「最初から貴重な出会いでした。勘で選んだだけですが、ラッキーですね(笑)」

 大島さんの取材範囲は、身近な3人の関心を延長する形で自然に郡全体へと広がった。

 「ヨーク市のインナーシティの断絶は、根深い黒人差別が基盤となった白人vsマイノリティの構図ですが、郊外の白人社会の断絶はまた別ですね。貧富の問題も絡んで、白人同士の党派間の対立が生じている?」

 2020年は、ジョージ・フロイド暴行死事件が発生し、アメリカ社会の黒人差別が改めて浮き彫りになった年だ。ヨーク市のインナーシティでも、アンドリューが「黒人は道路を歩いているだけで捕まるかもしれない」というように警察との軋轢があり、全米有数の治安の悪さや高い失業率などの要因になっている。

 一方、郊外では、エリート層と庶民層の白人の間で「我々こそ(正統な?)アメリカ人」という、アイデンティティーを巡る「文化戦争」が起きている。同じ共和党支持者の間でも、急進的で陰謀論さえ信じる草の根派と、旧来の穏健な保守派との間に、新たな亀裂が生じ始めた。

意見が違えば別世界の人

 「以前のアメリカ社会は、友人の輪の中に民主党支持者もいれば共和党支持者もいました。中間層は分厚く、多少の差異など気にしなかった。ところが今や、意見が違えば別世界の人です。居住地も買い物先も子どもの学校も違う。暮らす世界がまったく別になり、お互い相手の世界を知らず、関心もありません」

 「いつ頃からそうなったのでしょう?」

 「アメリカの繁栄のピークは1950年代ですが、変化は60年代には生じていました。本格的変化は70~80年代 からですね。経済格差が徐々に進行しました。 メディアも、リベラル派はCNNを視聴し保守派はFOXという具合に、分裂したのです」

 「大島さんは昨年3月に帰国されました。でも昨年末から今年初めにかけてのニュースを見ると、アメリカ社会の分断はいっそう進行しているように思われますね」

 昨年12月、ノースカロライナ州で白人至上主義者らが変電所を銃撃、大規模な停電が発生する事件が起きた。

 今年1月、カリフォルニア州ハーフムーンベイの農園で、中国系移民がメキシコ系移民らを銃撃し、7人の死亡者が出た。

 同2月、テネシー州メンフィスで、交通事故取り締まり中に警官5人(黒人)が黒人男性を車から引き出し暴行、死亡させた。

 「こうした事態をどう考えればいいですか?」

 「理由は3つあります。まず、断絶の壁が徐々に高くなってきたこと。人種やリベラルと保守の壁は昔からありましたが、これに文化戦争や新たな移民問題も重なり、分断が複雑化したんですね。

 2つ目は、経済格差の影響の浸透。ヒスパニックのアレックスがトランプ支持派であることが好例ですが、2020年の大統領選挙ではヨーク市を含めて、都市部の中でも低所得のマイノリティが多く住む地域で、トランプ氏の得票が増えました。これはアメリカ国内でもあまり注目されませんでしたが、上下の分断が起きていることを示しています。

 3つ目は、草の根運動のような保守派内の新しい傾向。草の根派は、視聴するテレビニュースも使うSNSも自分たち独自で、どんどん独りよがりの世界へと突き進んでいます」

 以上のことから、アメリカ社会の断絶はますます構造的になりつつあるというのだ。


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