ヒットメーカーの舞台裏

2013年8月8日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 前に進めるため、青木は同年7月に北海道の自社テストコースにメンバー30人余りを集めて合宿した。500~800cc級の国内外のバイク14台を用意し、各人が乗り比べたのだ。ひと晩だけは全員集合して夕食を兼ねたミーティングを開き、さまざまな意見をぶつけ合った。

 これにより、トップの燃費性能をめざすこと、高速のみならず日常の走りも楽しくなるエンジン特性の確保といった大まかな方向性が固まり、開発メンバー間の意思疎通も少し深まった。それでもカチッとした製品コンセプトを固めるには至らなかった。

眠れぬほど気になった居酒屋で出た意見

 ある日、青木がメンバーと居酒屋で意見を交わしていた時だった。心臓部のエンジンを担当する主任研究員の山本俊朗が「フィットの1.3リットルのエンジンをパカッと切って半分にしたら、燃費のいいのができる」と話した。最初は「酔った勢いの発言」と受け流していた青木だが、その夜、眠れないほど引っ掛かった。結局、翌日には山本に半分に切ったエンジン開発を指示した。

 「NC700X」のエンジンが直列2気筒670ccとなったのは、実際に同社のベストセラー乗用車「フィット」の低燃費エンジンをモデルにしたからだ。直列4気筒を2気筒にし、シリンダ(燃焼室)径などはそのまま踏襲した。ただし、バイクのエンジンなので2つの燃焼室での爆発タイミングを故意にずらすよう味付けをした。バイク用語では「鼓動感」と呼ぶそうだが、「ドドッ、ドドッ」と独特のリズムを奏でるようにしている。

 燃費は1リットルで41キロ(時速60キロ定地走行)と、400cc級にも勝るレベルを実現した。エンジンの最高回転は毎分6400回転と、このクラスでは1万回転以上が当たり前だったホンダのバイク用エンジンとは全く素性の異なるものができた。回転を抑制することで低中速域から十分なトルク(回転力)が得られるので、多くのユーザーから「乗りやすいのに加速感も十分」との評価を得ることにつながった。

 もっとも大型用のエンジンとしては型破りなので、青木は社内の酷評を覚悟していた。それを克服して商品化に進むには、実際に乗ってもらうことだった。09年の夏、役員も交えた開発中のバイクの試乗検討会が北海道で行われた。ホンダの役員は全員大型バイクを操ることができるが、とくに社長の伊東孝紳はバイクが大好きで、しっかりした評価軸ももつ。数々の試乗車から伊東が最高の評価を与えたのは、青木チームのバイクであり、事実上の商品化ゴーサインとなった。

 そもそもの課題であったコストは、国内で生産するだけに厳しかったものの、材料歩留まりを高める新工法など日本ならではのアプローチを進めた。

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