原爆投下めぐる日米の怨讐にピリオド
第2は、首脳による慰霊碑献花によって、原爆投下がもたらした怨讐にひとまず決着がつけられたことだろう。
バイデン大統領の平和記念資料館訪問には米国内で大きな議論があったという。保守派の意向をくんでか、2016年のオバマ大統領(当時)が献花、視察した際に行われた大統領演説は見送られた。
日本国内には謝罪がなかったことに不満を抱く人も少なくないかもしれないが、表立って非を鳴らす国内世論はほとんど聞かれない。
オバマ大統領が訪問した年の暮れ、安倍晋三首相(当時)が真珠湾を訪問、アリゾナ記念館で献花、1945年12月8日の日本の攻撃で戦死した多くの米将兵に哀悼の意を表明した。安倍氏は演説で、戦後の日本再建への米国の支援に感謝、過去を超えた緊密な日米関係の重要性を強調した。
今回、バイデン氏はG7メンバーの1人として記念館を訪問したにすぎなかった。もはやヒロシマでも米大統領は特別な存在ではない。日米の怨念を歴史の彼方に消えたというべきだろう。
多くの動きに隠れてしまったが、日韓の和解、関係改善がとりあえず〝完結〟したことも大きかった。
サミット最終日の21日午前7時半という早朝、岸田首相は、サミットのアウトリーチ会合に出席する韓国の尹錫悦大統領とともに、平和記念公園内の韓国人原爆慰霊碑を訪れて献花。その後、両首脳の会談が行われた。
尹大統領は、首相が徴用工問題の解決策を受け入れ、ソウル訪問時に遺憾の意を表明したことについて、「韓国民の間で大きな反響を呼んだ。平和な未来への首相の勇気ある行動だ」とたたえた。両首脳は会談で、グローバルな問題での協力を強化することで一致した。
相互不信を抱き非難を繰り返してきた両国が連携して地球的規模に取り組むというのは、関係改善が一時的なものにとどまらず、将来にわたって持続するのではないかという期待を抱かせる。
尹大統領は会談後開かれたアウトリーチ会合で、日本側の配慮か、ゼレンスキー大統領の隣席という好位置を与えられた。
内外にアピールした首脳の慰霊碑献花
広島サミットでの最大の見せ場は何と言っても、首脳による原爆慰霊碑献花、資料館訪問であり、ゼレンスキー大統領の出席は最大のサプライズだった。原爆慰霊碑に詣でる各国首脳の様子はテレビでも繰り返し報じられたが、見る者も思わず居住まいを正したくなる厳粛さであった。
バイデン米大統領は資料館の芳名録に「資料館で語られる物語が平和な未来を築くわれわれの義務を思い出させてくれるように」と記した。マクロン仏大統領は「平和のために行動することだけが私たちの使命だ」、メロー二伊首相は「闇が凌駕するものは何もない」とそれぞれ哀惜の念を表した。
G7首脳の平和記念資料館視察が直ちに核廃絶に結びつくことはあり得ないとしても、核兵器のボタンを押すことのできる首脳が被ばくの悲惨さを目の当たりにし、被爆者の体験談を聞いたことの意義はやはり大きいものがあろう。