2024年7月20日(土)

Wedge REPORT

2023年6月2日

「山林省」を設置せよ

 また、外材輸入によって貴重な日本の富が流出していると嘆く。だから「大いに植林を断行して完全な山林とする」ことを政府に求めたのだ。また山と川は一体なのに、山は農商務省、河川は内務省と別々の官庁が管轄することも批判した。そこで新たに山川省を設置して「全国の山林河川の業務を統一する」ことも提案した。

 だが、これらの意見は政府にスルーされたようだ。3年後に「再ビ林政ノ刷新ヲ論ズ」という論文を発表しているが、3年間でむしろ退歩していると嘆く。そして植林を急ぐとともに700万ヘクタールもの国有林を解体して地方自治体に譲るよう訴えた。国には林業に精通した人材がいず独力での経営は不可能と断じ、山に身近な自治体が山林経営によって財政基盤を養うべしと論じた。

 現代からするとピンと来ないかもしれないが、明治時代の林業産出額は大きく、国内総生産(GDP)の少なくない部分を占めていた。また地方の財政基盤を強化しなければ困窮する民を救えない。そこで地方が林業経営によって経済的に自立することで国を支え、国力増進にもつながると考えたのである。庄三郎は、これを「富国殖林 林業救国説」と呼んだ。

 土倉家の財産は、明治初年で三井家と匹敵したと言われる。そして当時よく巷でつくられた「長者番付」では土倉家が常に上位、あるいは勧進元扱いにされているものもある。その財産は、時に自由民権運動を支えるため莫大な資金を提供し、その金を惜しげもなく社会に還元した。

 時に自由民権運動の台所と言われるほどに支え、時に各地の街道を建設するほか紀伊半島を横断する道を建設した。また養蚕振興、銀行設立、文化財保護などの発起人になった。同志社大学や日本女子大学の設立にも関わっている。森から得られる富を利用して、近代日本の礎を築こうとしたかのようだ。


新着記事

»もっと見る