自身の弱い部分を「受け入れてはいけない」という固定観念
実は日本のビジネスマンは、「行儀良くしなさい・我慢しなさい」という日本特有の教育環境で育ってきているため、こうした自身の弱い部分を「受け入れてはいけない」という固定観念に縛られていることが多い。
そのため、欧米圏ではごく一般的となっている「カウンセリング」が普及せず、自身のそうした過去の傷、心理的に負った外傷に向き合い治癒していく機会が得られないのだ。
それにより、アンバランスな気質を持っていたり、ビジネスの場面で「どうしても許せない」などと非合理で感情的な意思決定をしてしまうことがままある
(父親に横暴に振る舞われた記憶があるため、そのような取引先に必要以上に攻撃的になってしまう、など)。
なお「占い」「水商売」といった領域が、世界的に見て日本だけ異常に大きいのはこれが理由である。占いの国内市場規模は約1兆円とも言われている。キャバクラも同様に1兆円と言われ、ホストクラブはそれに満たないもののかなりの規模だ。
海外では全く見受けられないこのような業態に、これだけの市場規模があるという特質には目を見張るものがあるが、実はこれらは、カウンセリング文化が無いが故に成立しているものなのだ。
「自分の話をゆっくり聞いてもらう」ことで癒しを得たいという、根源的な需要に対応しているわけだ。
もっとも、専門的なカウンセリングや臨床心理と違って、キチンとした解決へと進みにくいことがネックである(そのため、依存という泥沼にハマり、散財し続けてしまう人も多い)。
カウンセリングも臨床心理も、「そのような場所に行くのは心が弱い人がすること」という先入観が強い日本において、そんなことはなく、「自分の弱さに向き合えることこそが本当の強さだ」ということを、あまねく日本人に伝播していきたいのが筆者の想いである。
最近では直接的にそうした心的外傷を癒す、ヒーリングといった手法も増えているので、機会があれば訪ねてみるのも良いだろう(もっとも、あまりに玉石混交の市場のため、いずれのサービスを利用するかなどは慎重に検討したほうが良い)。
さてここまで、ネガティブな側面を多く述べた「原体験」に関してだが、実は、ポジティブなほうにも大いに働く。
あるメガベンチャーの創業者は、以前に新卒の学生に対してこう言っていた。
「うちでは、命を失う寸前の事故に遭ったとか、幼少期に父親を亡くして貧乏な中で育ってきたとか、そうした強い原体験を抱えながら努力する同期たちと戦っていくことになる。君に、それだけの覚悟があるの?」
まさに、原体験を抱えている者は強いのだ。強固な意志や継続的な努力、にそのまま繋がる。
『推しの子』における兄妹たちの、涙ぐましい努力の姿はそれに尽きる。アクアやルビーにおいては、「真犯人を見つけて復讐を果たす」という攻撃的な動機に対しては、最終的に治療が必要になるだろうが、社会的にポジティブな方向性に活用できているなら、それを止めるさしたる理由はない。
自身が抱える原体験と、それにより発露する性質に、飲み込まれずに上手く扱えられるかどうかが全てなのである。
自信をメタ認知し、こうした体験や影響を俯瞰的に理解し言語化することで、うまくその動機や強い意志を、必要に応じて「出し入れ」して使いこなすことができるようになっていくだろう。
人間分析にも大いに役に立つ。上司や部下が、どのような心理的経験によってどうした性質を伴っているのか、ラフな場面にでもヒアリングをしながら、理解を深めていけば、チームとしての補完や相互作用が一層しやすくなっていくだろう。
『推しの子」は本原稿執筆現時点でまだ完結していないが、最終的にアクアとルビーの兄妹とも、アイが最後にそうなったように「本物の愛」を知ることができるよう、癒しが進んで精神的に成熟していくことを強くいち読者として願っている。